9.11テロの後、キューバのグアンタナモ収容所に収監されたモーリタニア(アフリカ)出身の男スラヒ。2005年、アメリカの弁護士ナンシー(ジョディ・フォスター)はスラヒの不当拘禁を疑って、弁護を引き受ける。スラヒは9.11テロのリクルーター(テロ犯の勧誘に関わった者)と見られているが、裁判が一度も開かれていないのだ。ドラマはスラヒの言動とナンシーの活動を軸に、スラヒの過去と現在の映像を並行させながら真実に近づいていく。

 

 

キューバのグアンタナモ基地については、マイケル・ウィンターボトム監督の「グアンタナモ、僕達が見た真実」で既にその劣悪な環境を描いた秀作がありますが、本作はまたひと味違う角度から光を当てた実話もの。今回はスラヒを演じるタハール・ラヒムの、実に飄々としたナチュラルな演技と、弁護士役のジョディ・フォスターの鬼気迫る演技が歯車のように噛み合っていて最高に面白い。本作でジョディが扮するナンシーは、老境にさしかかった敏腕弁護士。彼女の最大の関心事は、スラヒが有罪か無罪かではなく、獄中で人権が守られているかどうか、の一点です。弁護士といってもいろいろな弁護士が居ますが本作のナンシーは人権活動家でもある人物で、ただ自分の事務所に利益をもたらす為に行動しているというワケでもない9.11テロ後のショックが覚めやらないヒステリックなアメリカでスラヒを弁護することは、“テロ犯を弁護する奴”とレッテルを貼られることとイコール。世間のプレッシャーに対してもアメリカ合衆国に対してもスラヒに対しても、クールな視線を投げかけるジョディ・フォスターは、これまででも一番難易度の高い役をこなしたと言えます。

 

 

70年代、『タワーリングインフェルノ』で消防士を演じたスティーブ・マックイーンは実にカッコよく描かれました。ハリウッドのシナリオが生み出してきた過去のヒーロー像はストレートにカッコいい。しかし本作で助演をつとめるジョディ・フォスターは最高にカッコよく描かれている、とも言いきれないし、ストレートで大文字のヒロインでもヒーローでもない。権威ある巨大なアメリカ合衆国相手に闘うナンシー弁護士とその助手は、始めのうち、セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』のドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャとサンチョ・パンサよろしく、事の複雑さに翻弄されるのです。

 

 

ナンシーの対立軸が、ベネディクト・カンバーバッチ(製作も)扮するカウチ中佐で、こっちはアメリカの威信をかけてスラヒを有罪に追い込んでやろうと身構える人物。このカウチ中佐はテロの犠牲になった遺族の側の心理を導き出す重要な脇役で、この人が居ないとドラマが薄っぺらくなります。ナンシー弁護士の助手役はシャイリーン・ウッドリー(1991年生まれ「ファミリー・ツリー」)。ちなみに彼女もジョディ・フォスターと同じく、芸能界の荒波を乗り越えてきた子役出身俳優なので、劇中でジョディを見る眼つきが完全に尊敬のまなざしなのです。

 

監督をつとめるのは「ラストキング・オブ・スコットランド」のケヴィン・マクドナルド(イギリス人)で9.11テロ以降の陰鬱な時代の到来を、シャープな映像で鮮やかに切り取っています。また今回のカメラワークは情け容赦がなく、女性だったら(時にアイドル系の男性も)真下から顔をアップで撮るのは、本来ならばNGですが、本作にはジョディ・フォスターの顔を真下から見上げるように撮るシーンがあります。これは劇中でナンシー弁護士の心理変化を表現するために必要なシーンで、そのため少し老け込んで見えるのですが、間違いなくドラマに大きな効果を上げている。もっと踏み込んで言うと、老けて見えることが女の俳優にとってマイナスにならないという前例になったと言えます。子役から大人の俳優になる、という女の俳優のキャリア全体を考える時、これは決して小さくない一歩。そんな裏読みも許す本作は、多少のネタバレでは損なわれることの無い価値を持っています。イギリス人がこういう作品を撮れば、アメリカ側も9.11に関して強烈な作品を作って対抗してくること必至。既にプロデューサーが資料をまとめて動いていることでしょう。9.11テロはアメリカとアフガニスタンだけの問題ではありませんから。

 

(2021/イギリス/129分)

10/29から全国

 

 

 

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