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Bunbunのブログ

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先日、地元新聞の「論壇」を読んでいたらk女史が、次のことを書いていた。

『(前略)迷いが多い時代に重要なことは、あなたの真ん中にある思い(コア)や、大切にしている価値観を常に考え、そこを大切に行動していくことです。「ワタシはナニを為すモノか?」を常に意識して思考・行動していけば、おのずと道は開かれるはずです。』と言っていた。

私はまち作りについても、同じようなことを思っている。これからは、地域住民の一人ひとりが幸せに暮らせるような地域を作ることが大切で、地産地消の「地域内循環経済」の創出が必要である。

生産活動が循環していけば新たな投資需要を生み、内発的な発展が期待され、中心市街地の活性化にもつながるのではないだろうか。地域経済の内容と仕組みを知ったうえで、自分たちの地域が客観的に置かれている位置と個性を見極めて、独自の地域づくりの具体策を考え実行に移していく必要がある。

十勝は農畜産業を考えれば、日本の食糧基地と言われる「農業」という宝を持っているので、その宝をどのように活かしていけば良いか、行政機関を巻き込んで考えていこう。

自分たちは、どんな“まち”を作りたいのか? その思い(コア)を一つにしていく必要があると思っている。私がいいたかったのは、いま自民党内部でも問題になっている防衛費財源のねん出のことではない。日本の国が良くなってもらえば与党も野党も関係ない。日本は防衛力を含めて、「我々は、どんな国を目指すのか」ということである。

そして、このまち作りについてk女史は、次のようにも言う。

『今春、各市町村で行われる統一地方選挙では、是非とも各候補者の提案や主張をしっかり見聞きして、わが町の次のコアを判断してほしいと思います。』と。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

アスペルガー症候群とは、特定の分野への強いこだわりを示し、知的障害および言語障害をともなわないグループを言う。「雨にも負けず」を書いた宮沢賢治は、アスペルガー症候群という解離性障害を抱えていたという。逆に言えば、障害を抱えていたからこそ「雨にも負けず」という詩が書けたと思っている。医学界では、これらの原因が「解離」という脳の働きにあることが明らかになっている。

私は宮沢賢治のような解離性障害だとは思っていないが、柴山雅俊著“解離性障害”を読むと、交通事故などの高次脳障害が引き金になるとも書かれていた。脳出血の時、頭蓋骨を5センチばかり切っているので、解離性障害を含むアスペルガー症候群かもしれない

 アスペルガー症候群とは、コミュニケーションの質的障害、興味や活動の偏りなどの共通の類似点として持っている。アスペルガー症候群の特徴としては、「こだわりの強さ」があるともいわれ、特定のことのに執着するそうである。

私はこの5年間、こだわってアイヌ(エミシ)関係の書物を読んできた。そのため今度、「誰も言わなかったアイヌのこと」の本を出版する予定である。アイヌに関する本で分かったのだが、私にもアイヌのDNAが流れているということである。というよりも、日本人の祖先は縄文人なので、みんなアイヌの血が流れているそうである。

アイヌと呼ばれるか否かは、弥生人との混血の度合いにあるそうだ。人間は混血により優性遺伝する。テニスの大坂なおみ選手やバスケットの八村塁選手も混血で、高い運動能力が生み出されたと思っている。

ところで、アイヌという自民族の呼称として使われだしたのは、本州の人々との交易が増加した18世紀前後といわれ、それ以前は、「アイノ」とか「カイノ」、「エゾ」、「エンチュウ」などと呼ばれていたらしい。

アイヌという言葉が古文書に使われ始めたのは、19世紀に入った江戸時代の後半になってからで、「アイヌ」という名称が初めて文献に現れたのは、板倉源次郎氏が1739年に書いた『北海随筆』中の「アイノとは長者のことなり」という部分である。

私の母方の祖父母は北東北出身なので、アイヌのDNA(遺伝子)が強い。このDNAに着目すると、北海道人の多くは東北にご先祖を持つ人が多いので、アイヌ系の人が多いと思っている。私の祖父母のアルバムを見るとやはりアイヌ系であったので、間違いあるまい。

 なお、環境活動家の“グレタ・ツゥ―ンベリ”さんは、新聞報道によるとアスペルガー症候群で、彼女の母親に言わせれば空気が見える能力を持っているそうである。障害は個性のひとつといわれるが、アスペルガー症候群も障害であるから、個性のひとつだと思っている。 

「十勝の活性化を考える会」会員

教育には、学校教育・社会教育・企業内教育・家庭教育など様々ある。先日、高校時代のクラスメートと4人と教育について議論する機会があった。

友人が、「お前の家ではどんな教育をしたのか」と尋ねたので、すかさずスパルタ教育と答えた。そして、「家庭教育には、それぞれの家庭で考えれば良いのであって、それぞれの家での多様性があると思っている」と付け加えた。

また、別のクラスメートは、「中国や韓国の学生に比べて日本の学生は、勉強もしないしハングリー精神がない」と言っていた。少子高齢化に加えて日本の国力低下の原因のひとつでないかと思った。

息子が中学2年生の時であった。父親として絶対に許せないことがあり、滅多打ちに打ちめかしたことがあった。それが良かったかどうかは分からないが、それが我が家の教育方針である。当時の私は40歳代であったが、まだ空手を続けており息子よりも強かったと思う。おかげで息子たち3人は、子宝に恵まれて今のところ幸せな生活を送っている。スパルタ教育のせいだと、勝手に思っている。

また以前、知人であった高校教師が激高して生徒の顔を殴ってしまったらしいが、その親から「私もしゃくであった。先生!よく叱ってくれた」と感謝されたそうである。これも、スパルタ教育であろう。

ルソーが書いた『エミール』が、教育学の名著とされている。『エミール』は教育史上で“子どもの発見”の書と称されている。子どもの発見とはどういう意味なのか。当時、子どもというのは一人前の人間とは見なされていなかった。つまり、完全な人間とは認められてこなかったのである。それに加えて大人は、自分が子どものときの見方や価値観を忘れ、大人の立場での考えを子どもに押しつけがちである。

ルソーは、人間が最初から完全な姿で生まれてくるのなら、社会の変化も人類の進歩もない。子どもが未熟で未完成な存在として生まれてくるからこそ、教育によって成長し、今の大人を超えて新しい社会の担い手となることができるのであると述べている。

ところで、タレントのデヴィ夫人がこんなことを言っていた。「今現在の日本は、長く続いている 不況や、ロシアの ウクライナ侵攻による国際情勢上の不安など、様々な問題に直面してはおりますが、"大きな目で見れば平和です。」と切り出し、「私が 生まれ育った、第二次大戦後の混迷しきった世の中と 比べれば、現代日本の 生活は、あらゆる面で便利で格段に 豊かになり、人々の 暮らしは幸福に なりました」とコメントしている。

さらに「にもかかわらず、見聞きするのも辛い、本当に痛ましい事件が続発しています」と嘆いていた。 長文メッセージとなった締めには、子どもは 国の宝ですと少子化対策の重要性を説くとともに、「今の社会人の方には 、大人としての自覚を持ち、自立・自律し、責任感を持ってその職責を 全うして頂きたい。他人の状況に 思いをはせ他人をおもんばかる心を育む教育を行なうべきです。」と訴えかけていた。この文章を読んで、人間は共感することが大切だと思った。

「十勝の活性化を考える会」会員