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Bunbunのブログ

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先日、知人と大手チェーンの回転寿司店に行ってきた。知人は、タイ・モンゴルなどの外国で長く住んでいた男性。昨年の1月、日本に帰ってきた孫が4人いる80歳の人である。開口一番、タイではこんなに美味しい魚を生で食べたことがないといいながら、サバやマグロを美味しそうに食べていた。

十勝の人口は約34万人で、店長さんによると約20店舗の回転寿司店があるらしい。寿司を食べながら思ったのだが、商売は「三方良し」である。三方良しとは、 「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」 の三つのことである。売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらには商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献できるのが良い商売で、近江商人の心得を表した言葉である。

回転寿司の市場規模は約6,000億円とみられ、帯広でも回転寿司チェーンは増えている。その理由は、三方良しだからだろう。資本主義社会であるから、十勝でも「三方良し」の企業が勝ち残っていくことは確かである。回転寿司店のほかに、焼き肉店や豚丼店、カレー店もある。食欲は人間の三大欲のひとつであり、生活水準の向上などからこれからも増えていくだろうと思われる。

しかし、いつまでも日本は豊かな国ではないと思われる。なぜかといえば、食料自給率が40%を切っているし、円安や人口急減が予想されているからである。そして、結婚をしないZ世代が増えて、価値観の多様化が進んでいるからである。確かに、結婚することが幸せに通じることではないが、人口減少することは間違いない事実である。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

命のはかなさを思わざるをえない。知床観光船に乗って命をなくす人、ウクライナ戦争で生死をさまよう人、ガンで余命半年を告げられた人など、命のはかなさにはいろいろある。

ここでいえることは、生きていることへの感謝だろう。我々は普段、命の大切さや感謝を忘れてはいないだろうか。健康を失って健康であることの大切さを知る。普通を失って普通であることの大切さを知る。大切なことは、このことを常に意識して生きているかどうかが問題で、意識して生きることと生きないことでは大きな違いになる。

人は生まれた時から、死に向かっている。だから誰しも老人なら、「ピンピンころり」と逝きたい気持ちが分かるだろう。

しかし人生は、そのように上手くはいかない。死亡の2割を占めるのが心筋梗塞などの突然死で、残りはガンなどの病死である。日本人の平均寿命は女性が87歳、男性82歳の長寿国である。認知症になる人も、世界で一番高い比率であるそうだ。

年を取ってもピンピンしている人は、そんなに多くはない。私たちが望むのは、亡くなる直前まで元気な人生で、長期の寝たきりになって亡くなることではない。だから、私のように72歳にもなれば、いつ亡くなるか分からないのである。

私は11年前の61歳の時、小脳出血(38cc)を罹患したが、そのほとんどの人がその原因で亡くなっているのをみると、自分は運が良かったと思っている。だから今後は人に迷惑をかけず、人のために役にたち「ころり」と逝きたいものだ。

先日、同じリハビリ施設の81歳になる男性が脳出血を患い施設に来なくなった。聞くと病院に入院したらしい。若い時にバレーボール選手だったというから長身で、とても元気な人であったので驚いている。

私は脳出血性認知症のためにすぐに忘れるが、認知症でない人は認知症の人の気持ちが分からないと思う。私は、認知症と題する講演を行なったが、年を取ってからの老化で忘れるのと脳出血性認知症で忘れるのでは、現象が同じでもまったく違うのである。

私は脳出血の後遺症で右半身にマヒが残り不自由であるが、リハビリ効果もあり良くなっており人間の自然治癒力に驚いている。倒れてから7~8年間は夢を見ることはなかったが、最近、毎日のように夢を見るようになった。その理由は、高次脳機能障害により記憶が脳に残らなかったからであろう。

高次脳機能障害とは、脳血管疾患や交通事故やスポーツ、転落などにより脳が損傷を受けると、言語・記憶・思考といった人間特有の知的機能(高次脳機能)に障害が起きること。

現在、週1回の機能回復型デイサービスでリハビリを続けて体力がつき、老々介護も避けることができると思っている。リハビリ施設には脳梗塞や脳出血、高次脳機能障害の人などがいて認知症の人も多い。これからの日本は人口減少社会になる。老人になれば誰でも“忘れる”ようになるので、AIやロボットを効率的に使って老人をもっと活用すべきであろう。

ところで、認知症になると記憶力、注意力、判断力など、さまざまな能力を人から奪ってしまう。しかし、記憶を失うと、その人は「人間」ではなくなるのであろうか? 人間は認知症になっても、共感や優しい感情自体が消え去ったわけではない。つまり、認知症者を本当に理解できるようになるためには、認知症者のことを自分と同じだと考えてみる必要がある。

自分と他人とは同じ条件で生きているわけではないから、他人は自分とは別の知識や能力を持っている可能性があるということも理解しなければならない。自分と他人とを切り離すことが、他人のことを深く理解できるようになるために必要なのである。

親子の間では、自分と他人とを同一視するのが基本であるのだが、人間は発達するに伴い子供や他人のことを理解するためには、他人と自分とを切り離していかなければならないと思っている。この切り離しは家族など、親しい間柄であればあるほど難しいのである。

夫婦や親子は脳の中でがっちりと一体になっていると考えられ、そのために切り離しが難しいことがよくある。認知症になると、元々の関係性が親しければ親しいほど、自分とその人の切り離しが上手くいかず、「この人には伝わるはずだ」 「自分が思っているとおりに受け取ってくれるはずだ」と思い続けてしまう。

認知症では、本人の認知能力が衰える。それで本人の領域、家族の領域が守れなくなる。それは認知症の人だけの問題ではなく、家族側が今までと同じであることを期待してしまうこと自体が支障になったりもする。

今までできたことができず、自分が知っているとおりに振る舞うことが出来なくなっていくのを見ることに、喪失感が伴うのは確かである。つまり、認知能力の衰えは疑いなく事実である。 「何ができ、何ができない」というだけでなく、その人らしさを作っている感情に気づくことが大切であろう。

それから高次脳機能障害を患って気づいたことが沢山ある。そのひとつに“感受性の高まりがある。脳神経が刺激を受けて過敏になったのである。これは脳科学者も言っているので、自分特有のものではないと思われる。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

世界は今、戦争・民族紛争・迫害・人権侵害などにより、2021年末時点で故郷を追われた人の数は約9千万人 。そして、2022年5月には、その数は1億人を突破したことが発表された。なお、このブログに書かれている数値は、2022年6月にUNHCR本部によって発表された数値である。

現在の難民は、ロシアのウクライナ侵攻で難民になった人々だけではない。ウクライナをはじめ内戦や民族衝突など、世界各地で起こっている人道危機により、難民は増え続けているのである。一方、この1年で気候変動により2,370万人が国内避難民となるなど、難民の数は増加傾向にある。

ところで、1914年から1918にかけての第一次世界大戦後、ロシアでは長い間にわたって寒波に見舞われ、推定で2,000万人の難民を生み多くの餓死者を出している。そこで活躍したのが、ノルウェイの探検家 ナンセン氏であった。

彼は飢餓難民救済活動の功績が認められ、ノーベル平和賞を受賞している。彼は“難民の父”と呼ばれ、また国際連盟にも強くかかわり、戦勝国以外の小国が国際連盟に入れたのも彼のおかげといわれている。

今、世界において戦争や迫害により、避難を余儀なくされている難民などの申請者は2019年末時点で、第二次世界大戦後最大の約7,950万人。前年比870万人増である。外務省のホームページによると、主要な難民発生国は、シリア(約660万人)、アフガニスタン(約300万人)、南スーダン(約220万人)となっている。なぜ、難民が生み出されてしまうのであろうか。難民が増加する原因として、主に以下の3つが挙げられる。

  • 内戦や紛争による迫害
  • 政治的立場のある人たちによる人権侵害
  • 環境や気候の変化による生命の危機

シリア内戦やイエメン紛争などをはじめ、長期化する戦争により故郷から逃げざるを得なくなっている。また、プーチン大統領のように政治的立場のある人が自己利益を求めるがゆえに、国民が生活できなくなっているのである。人間らしい生活を求めて、隣国の先進国へと逃げてくる難民も生み出されている。加えて、発展途上国では、気候や地震、環境が変化して自国では生きていけなくなった人々もいる。このように世界中には、国や故郷を追われた難民が大勢いるのである。

私は、太平洋戦争の時には生まれていなかったので詳しくは分からないが、日本は中国に侵攻して満州国を作っている。この戦争でも、両国に多くの難民が生じたことを、我々は忘れてはなるまい。現在、第三次世界大戦が起こっても不思議でない状況にあるが、過ちは二度と起こしてはいけないのである。ウクライナ戦争などを見ていると、人間は、何と愚かなのであろうかと思っている。

「十勝の活性化を考える会」会員