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3月20日の最高気温が16度で、本日も15度が予想されている。北海道で3月にこんなに暖かいのは、未だかつてなかった。エルニーニョ現象なのかどうか詳しいことは分からないが、異常気象であることに間違いない。

20年前ごろの記憶では、せいぜい10度前後であったと思う。だから、何かが変である。そして、この現象に対して変だと思わない人が多いのが変である。一時的な現象に終わればよいのであるが、そうではない。この現象が、これから普通になるそうだ。

確かに北海道では、おいしい米はとれなかったが、最近では“ななつぼし”や“夢ぴりか”といった美味しい米が獲れるようになってきた。新潟の“コシヒカリ”と同じように消費者に評価されてきたらしい。精米業者に聞くと、北海道米が評価を受けている理由のひとつは、農薬が少ないからだと言う。暑いところで米を作るには、農薬が多く使われているのだろう。

先日、野菜農家をしていた人が、自分の畑で収穫した野菜を食べず、自分が食べる野菜は庭でハウス栽培し、農薬を掛けないと言っていた。最近、ガンで亡くなる人が多いように思われるが、農薬もその原因のひとつと思っている。米にも小麦にも農薬が使われているが、農作物を多く収穫するためには農薬は欠かせないのだろう。

腹が減っては戦が出来ない”が、野菜に農薬が多く掛けられているとしたら、何を食べていけば良いのだろう。農業国であるタイに長らく住んでいた友人に教えてもらいながら、今年から農薬を掛けない野菜を自分の庭で作ろうと思っている。

福寿草は早春に黄金色の花を咲かせることから、一番に春を告げるという意味で「福告ぐ草」という言葉が江戸時代に使われた。しかし、ゴロが悪いので、おめでたい「寿」と差し替えられ「福寿草」となったそうだ。例年よりも早く咲き始めたので、そろそろ畑おこしの農作業に取り掛かろうと思っている。

ここで、九州に住んでいる知人が詠んだ俳句を一句。

いずかたも 地は荒らぶれど 福寿草

日本の国土疲弊、食料自給率の低下を詠んだ俳句で、まさに減反政策で休耕田が増えている日本の農政を象徴しているようである。

「十勝の活性化を考える会」会員

  • 異常気象

 

私はfacebookをやっているので、世界中に100人を超える友達がいる。アメリカ人、中国人、シリア人など様々である。その中にオーストラリアのキャンベラに住んでいるとみられる架空の72歳になる未亡人がいた。

この中国系女性とみられる人が、何とあろうとオレオレ詐欺のような特殊詐欺師だったのである。“嘘も方便”と言われるが、この外国人はいけない。東京の狛江市で、90歳になる女性殺人事件があったが、この犯人も特殊詐欺師であった。

ところで、地元新聞の「編集余禄欄」を書いた記者が“ゴミを捨てるあなたの心がすでにゴミ”と書いていた。既述の人々もすでにゴミである。政治家を筆頭に嘘が蔓延する時代であるが、ウソは良くない。嘘つきは、泥棒の始まりでもある。

4月23日に統一地方選挙が行なわれる予定で、帯広市議会議員の候補では、29人の定員中、40人以上が立候補する激戦が予想されている。立候補をする以上、当選するのが目的で立候補するのが目的ではないだろう。立候補を予定する人の選挙公約を見ると、「中心市街地の活性化」のことを書いていた。具体的に、どう活性化するのかを聞いてみたい。

なぜなら、今年1月末で中心市街地にあった道東唯一のデパートが閉店し、寂しいまちになったからである。十勝は日本の食糧基地なので、中心市街地活性化は、十勝産のおいしい農畜産物を活かした“うまいもの通り”も考えられるだろう。

誰しも考えることは同じであるから、「日本一のうまいもの通りを作ること」もそのひとつだと思っている。そのようにすれば、全国からそれを目当てに観光客などが来るだろう。“北の屋台”通りが、その証しだろう。

「十勝の活性化を考える会」会員

  

日本は、人とのつながりが強い国だと思っていた。それが、コロナ禍などによる貧富の拡大や会の減少などで、失ってきたといえよう。

その原因は、個人主義化、価値観の多様化、人間関係の希薄化などにも関係があろう。 どんな会にも目的があり、志を同じくする者同志が組織化されたもので、会が減少していくということは、日本社会の崩壊が進んでいることを意味している。

日本国憲法は国民の生存権があり、国家には生活保障の義務があると説いている。しかし、老いや困窮して困っている人間を前にして、非効率だからこれを排除せよという発想の残酷さや空気にあきれている。

資本主義社会の特徴は、コストパーフォマンス重視で、労働生産性の低い私のような老人が不必要になる社会では、人間の営みすべてが、コストパーフォマンスに還元してしまう弱肉強食の空気が漂っている。

老齢化社会、都市と地方の格差、差別などの問題は、社会的弱者の気持ちに寄り添うことにしか、解決の糸口は見いだせないのだ。私も身障者になって初めて、弱者の立場からしか見えないものがたくさんあった。

政治家も評論家も、資本主義社会における競争社会の勝利者である場合がほとんどである。従って日本では、自分が社会で成功したのは自分の才能と努力によるものだと考えているのだろう。

しかし、この社会を支えているのは、ボランティアを含めて多くの人々の支えがあるからだと思っている。この世界を意味のある、生きていく価値のある社会を作っているのは、社会を支えていこうとする無名の人々がいるからだと、私はいつも思っている。

「十勝の活性化を考える会」会員