Bunbunのブログ -17ページ目

Bunbunのブログ

ブログの説明を入力します。

   

私は、ほかの人々と同様に幾度となく挫折を経験した。挫折を経験することにより、人間は一回りも二回りも大きく成長できるのだろう。

年前、十勝の池田町田園ホールで「生きる意味の探し方」と題した講演を聞いてきた。講師は東京工業大学の上田紀行教授で、同氏は若い時に様々な挫折を経験してきたらしい。「人間は挫折して初めて、生きる意味が分かってくる」と語っていた。

自分の味方・考え方を少し変えることにより生きる意味が分かれば、身近な人も大切にでき、彩りのある人生を送れるはずである。自分よりも優れた人がたくさんいることにも気づき、自分が持っているプライドが、取るに足らないものだと分かってくる。

人生は、失敗してもリスタートできる仕組みになっている。人生は終わってみないと分からないので、「天国に行くときに満足できる人生だった」と思うような人生を歩みたいものである。

ところで、日本は人口減少と物価上昇が加速している。日本は、食料や原油などの原料や資源を輸入に頼っているので、スタグフレーションに陥っているのである。スタグフレーションとは、不景気にもかかわらず物価上昇が続く状態のことで、経済活動の停滞(不況)と物価の持続的な上昇が併存する状態のことで、現在の日本の状態でもある。

先日、ニュースを聞いていたら、日本経済は需給ギャップで26兆円の供給過多にあるという。供給過多であれば、物価は下がるのが原則であるが、このところの戦争もあり物価上昇が続いているのだ。

自分の周りを見渡すと、戸建て住宅・マンション・介護施設・グループホームなどが立ち続けている。これは、経済を作っている有効需要の投資にあたるが、いつまでも続かず値崩れを起こすと思っている。

また、これ以上に円安が進むと、輸入の大部分を占める食料価格や原油が上がるので、多くの国民生活が困窮する恐れがある。先日、スーパーに行って気づいたのであるが、物価の上昇が半端でないのである。値段が同じでも分量が減ったものもあるので、実質値上げである。

80年後の日本の人口は、3人に2人が減る4千万人台の予想もある。もっとも、人口が減ると東京一極集中が解消し、住みやすくなるかも知れない。50年後の北海道は、札幌市に次いで帯広市が人口の多いまちになると思っている。

全国各地に住んだ者として感じるのであるが、十勝は日本の食糧基地と言われるだけあって農作物の糖分が高く美味しく、人口の多い旭川市や函館市が人口急減しているのである。

 「十勝の活性化を考える会」会員

 

先日、同じ大学の1学年上の空手部先輩と話す機会があった。彼とは卒業以来、何かと親しくさせて頂いている。彼は、“同じ釜の飯”の仲間たちとときどき会っているらしい。

同じ釜の飯とは、同じ境遇とも言えるだろう。すなわち、戦友と同じである。戦友は生死を共にするから、友情が芽生えるのである。同じ釜の飯を食う仲間に対しては嘘をつくと友情にヒビがはいるから、政治家のように決して嘘をつかないだろう。

ところで、放送法の解釈をめぐる総務省文書に対する高市早苗大臣の発言が、物議をかもしている。こんな重要事案が忘れることはないと思うから、誰かが嘘をついているのに間違いない。

岸田文雄首相は3月23日、総務省の行政文書を「捏造」と表現した高市早苗大臣に対して、趣旨を説明させる考えを示している。高市大臣は、放送法の政治的公平に関する行政文書について「捏造」と明言していた。

「捏造文書」との主張が誤りだった場合に辞職するかに関しては、「閣僚や議員の辞職を迫るのなら、文書が完全に正確だと相手も立証しなければならない」と、本人は強調している。

有識者は、政治家としての説明責任について、疑惑を追及する側に転嫁するような発言で、「ナンセンスで筋違いだ」と批判している。また、総務省は、行政文書の内容について正確性が一部確認できていないと説明している。

高市大臣は会見で、「できる範囲のことはきっちりと調べ、4枚については内容が不正確だと確信を持っている」と語ったが、客観的な根拠は示していない。積極的に疑念を晴らそうとせず、文書の真偽の証明を野党である追及側に求めるのは、自らの説明責任を棚に上げているようである。

これに関連した捏造した事件が、57年前、静岡県で一家4人が殺害された袴田事件である。死刑が確定した袴田巌(87)さんの再審を認めた東京高等裁判所の決定について、検察側は最高裁判所への特別抗告を断念した。これによって死刑確定から40年余りを経て、裁判のやり直しが決定した。東京高裁は「証拠の捏造はありうる」と再審を命じたのである。冤罪であると思うが、こんなひどい話を聞いたことがない。

「十勝の活性化を考える会」会員

 

沖縄人は、日本へ復帰後も長らく日本人から差別されていたそうである。このことが、令和5年2月11日付け朝日新聞(13面)の“耕論”に書かれていた。2月11日は「建国の日」なので、何か意味があったのだろうか。

沖縄県は、沖縄本島・宮古島・与那国島などから構成されており、東シナ海太平洋に挟まれている。面積は、小さい順の香川県大阪府東京都に次いで第4位である。

人口の約9割が、沖縄本島に集中している。そのために沖縄本島以外の人は、差別を受けてきたらしい。沖縄では、沖縄県外のことを内地、沖縄県外の日本人を内地人と呼ぶ場合があるが、これは北海道と似ている。なお、沖縄県は大小363の島々から成っているが、これは北海道とは大違いである。

アイヌも長い間、日本人から差別を受けてきた。この差別について、アイヌを研究している学芸員に質問したら、以下のような回答があった。なお、アイヌや沖縄人も言うまでもなく日本人に変わりはない。

①801年、蝦夷征討(エゾ征伐)があったこと

1609年、琉球征伐(琉球)があったこと

1871年(明治4)、廃藩置県 

④1875年(明治8年)、苗字必称義務令

⑤1897年(明治30)、北海道未開地処分法

(※ 北海道未開地処分法とは、本州の資本家に100万ha以上の大面積を無償で提供するというもので、成功の検査も曖昧なものであった。多分に投機目的で貸付を受けたものも多く、処分面積の大きさの割には未開地を残していた。)

学芸員の方によれば、差別は北海道に限らず沖縄にもあったという。すなわち、藩、武士などの強いものが弱いものを征服して勢力を拡大していったのではないかと言うのである。だから、明治に入ってから没落士族などによるアイヌの差別が大きくなったと思っている。 確かに史実を踏まえると、江戸時代の「士農工商」という身分制度が明治になって廃止され、四民平等の政策がとられることにはなった。

しかし、江戸時代まで公的に苗字を使用したのは、公家及び武士などの支配階層に限られ一種の特権とされていた。明治維新後、新政府により従来の身分制度の再編が図られ、1875年(明治8年)に改め名字の使用を義務づける平民苗字必称義務令を出している。 

皇族」とは天皇親族、「華族」とは公家大名が主として付与され、「士族」は華族とされなかった武士である。特権身分であった比較的人口の多かった士族は、早々とその特権を失ったのである。その反動で没落士族は、アイヌをイジメて、アイヌの差別は生じたと思っている。

アイヌのアイデンティティとは、いったい何だろう。私のような北海道系日本人(アイヌ)のアイデンティティは、どういうものであろうか。なお、『アイヌ学入門』の本を書いた瀬川拓郎氏によれば、和人を“本州系日本人”と言っていた。

新聞を読むまでは、沖縄人が差別を受けていたことを全く知らなかった。だから沖縄人も、逆にアイヌの差別を知らない人が多いのではないだろうか。もっとも、本州に住んでいる人もアイヌの差別を知らない人が多いであろう。

戦後、日本経済が発展した産業のひとつに石炭業があった。そこでは危険が伴う労働であったから、アイヌや朝鮮人の働き場所であった。このようにアイヌや朝鮮人は職業でも差別を受けながら、日本経済を支えてきた人びとであったのである。だから、私のいとこの奥さんとその実兄も、太平洋戦争で負けたため樺太から帰ってきて、住友赤平炭鉱で働いていたらしい。

「十勝の活性化を考える会」会員