(昔の某幹部の指導より)
●指導の要点
正しい願いは広布流布を願い、自己の幸福をも願う自他共の幸福を願っていくことである。
*広宣流布=
人間には、だれにも悩みがあります。
みなさん方にも何かしら悩みがあると思います。
それも、願いが叶わないところに悩みが生ずるんではないでしょうか。
願いが叶った時に〝よかったな〟叶わなかった時に〝困ったな〟と感ずる。
ある人が「御本尊にお願いする時は、自分のことなんかお願いしてはダメよ。広布流布のことをお願いしなければダメよ。」と指導した。
その人は私に「本当にそういうもんでしょうか
」と聞きに来たことがあります。
私は思うんですが、自分のことばかり願っている人には「自分のことばかりではなく、広布流布のことも願いましょう」と指導してあげることも大事なことです。
ところが、広布流布のことを願っているのだから、そのうち自分の生活もよくなっていくだろう、と現実生活に対して安易に考えている人がいます。
こういう人は、やがて「広布流布のことを願っているのに、生活はさっぱり良くならない」との疑問が出てくるものです。
戸田第二代会長は「釜の中にお米を入れて、水を入れて、いくら拝んでもご飯にならないよ」(笑)
とよく指導した事がありました。
わかりやすく言えば、題目をあげなさいというのです。
*題目=
https://en-park.net/words/7473
そうすればやがて〝やっぱりそうだ、火をつけなければならないんだ〟という知恵が出てくる。
また、硬すぎた、柔らかすぎた、水加減、火加減という知恵が出てくるわけです。
結局、広布流布のことを真剣に願うことは大事なことですが、それによって、自己の生活が自然によくなるであろう、という安易な姿勢では、いつまでもよくならないということです。
したがって、広布流布のことを願うことも大事だし、それができるために自己の生活向上を願い、努力、工夫して前進を図ることも、これまた大事なことなのです。
要は、両方願っていくことが大事なのです。
