かびれの峰の天津神、立速日男命(タチハヤヒヲノミコト)を
山の上に祀ったところ、
村人がそこまで参拝に行くのが大変なので、
村にも薩都(さと)神社を勧請して、これを 里宮 とした。
まずここに寄って、御挨拶をした。
振り返ると遠くに田園風景があった。
「この辺り一帯が田園だったんだけど‥」
という、やさしい(女性)の声が頭に響いた。
あとから(もっと)調べたところ、
九月には山に入って山ノ神となり、
四月には里に出て田ノ神となる。
という記述があった。(このとき6月)
その後、無事に裏参道の薩都神社を参拝し、
帰りにおみくじを引いたら、Sさんのは
見たことないほど素晴らしい内容の
「大吉」 だった。
私のは大した事なかったけど‥(T_T)
薩都神社は、その上にもう一つ
「山宮」(奥宮) がある。
神様に山の上に移ってもらった時、
社を建て、石垣を作り、お守りする一族を常駐させ、
壺や器などを用意して奉納する約束までしたらしい。
『常陸国風土記』
鎌倉時代の常滑焼の壷
近年、この山宮が行方不明になっていたのだが、
2009年3月1日、「郷土史を学ぶ会」
というグループが、探し当てたとのことだった。
御姿が浮かび上がって見えるのは、気のせい?






