宣戦布告はなぜ遅れたのか?
いろんな説があり過ぎて、わけワカメになる。
陰謀説あれこれあるけど、
結局ワシントンの日本大使館の責任にされたそうだ。
ルーズベルトが黒幕との説もあるが、日本政府がギリギリまで
大使館に連絡しなかったらしい。傍受を恐れて。
一応間に合うように送ったつもりが、さらに遅らせた勢力があった。
全部で14部の長ーい文書を開戦の20分前の送りつけられて
それを英文に訳してアメリカに渡す役目が、駐米大使。
渡せたのが開戦の1時間後。
奇襲攻撃をやった卑怯な日本を許すな!と、アメリカ国民を
その気にさせた「リメンバー パールハーバー」
遅れたのは、野村吉三郎に英語力がなかったから、とか
実はアメリカと通じていて、わざと野村が遅らせた、など
という話もまことしやかに語られている。
そもそも、
事前に相手国への宣戦布告というのは、どこの国も行なわないものらしい。
相手国に一発食らわせた後、自国の国民に向かって
宣言するのが宣戦布告。
というのを今回初めて知った。
日本は律儀に、各国の駐日大使を呼んで、通達したとの話もある。
なにしろ日本の武将というのは、
「我こそは○○国の○○大将である。いざ、合戦を!」
とか宣言して、ほら貝を吹いてから始めた。
武士道にのっとって生きてるから、
真珠湾を攻撃しても、民間には一切被害を出さなかった。
現地には、それをたたえる米国の石碑まである。
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