大学2回生の4月末、二十歳を前にそれまで長かった髪を坊主頭にして、一人福井の曹洞宗総本山・永平寺に禅修行の真似事をさせて頂きました。今もあるかどうか知りませんが、永平寺では、10日ほどの日程で参禅させてくれます。詳しくは覚えていませんが、朝起きてから、掃除をし、般若心経を唱え、写経をし、ご飯を頂き、禅を組む、修行僧のを説教を聞く。それをひたすら繰り返す。

 僕の家は臨済宗一派ですが、曹洞宗は壁に向かって禅を組みます。ひたすら「何も考えるな!」なのですが、考えるなと言われるほどに、いろんなことを考えてしまいます。何も考えない境地になることが生き仏の状態であるということでした。これは、ほんとに難しい。一切の煩悩を消し去るのです。できないから、できる状態を「生き仏」ということらしいです。

 たくさんの修行僧に交じって生活し、座禅を組んでいると、だんだんいろんなことが浮かんできました。受験の失敗、失恋、親父の大病、今までの自分、これからの自分…いろんなことを考えてします。それでも10日ほどの間、ひたすらそういうことを考え続ける時間があったことは、とてもいい経験になりました。もしかしたら、その時間が、今の自分の背骨を作ってくれたかもしれない。

 面白い奴に出会いました。たまたま同い年の男子。清風高校の出身なので般若心経なんかはお手の物。写経もすらすらの達筆。「なんで?」と聞くと、清風高校では停学を受けると写経100枚提出で学校に出ていく事ができ、「それを3回もやったら写経なんてすらすらや!」と、シレーっと話していました。雲水さんとの話の中で、先の「生き仏」の話が出た時、「雲水さん、僕、それありますよ。セックスしたら、寝てもないのに、何も考えない瞬間がある」と、真面目に話すんです。その時雲水さんは、「そうです。それも生き仏状態です。」そういう状態で、誰かを恨んだり、何かを欲しがったりしないでしょ。心はとても平和です。そういう状態をみんなが共有すれば、世界は平和になります」と。まだ、当時、経験のない若い僕にはびっくりするような話でしたが、そいつは普通に、真面目に話していました。

 僕が明日京都に帰るというと、彼は「じゃ、俺も帰る」と、帰りの電車が一緒になりました。電車の中でもいろんな話をしました。彼は「俺、韓国人やねん。」「そうなん?」「怖くない?」「なんで?」「韓国人やぞ」「・・・」。僕はその時まで韓国人問題について、全く知りませんでした。そして彼から差別のこと、いろんなことを聞きました。「お前、何も知らんのやな」と言われました。彼の家は有刺鉄線を作る会社をやってると。そして京都が近くなり、「俺、京都でおじさんのとこに行くけど、お前も一緒に行かへんか?」と誘われました。「まあ、一緒に行かん方がええかもな?」っていうから「なんで?」って聞くと「ヤクザやねん。組長や。」と。「そうやな、やめとくわ。やっぱ、怖い」と言って一緒には行きませんでした。「そうや、みんな怖がって一緒に行かへん。でも、まっすぐなええ人やで。」 

 電車を降りる直前にその友人が、「雲水との話、おもろかったやろ?でも、ホンマやねん。気持ちよくて、頭がすっきりして、欲もなんもなくなる。俺は結構仏に近い人間や。」 そしてすこし曇りがかった空を見て、「晴れるでぇ。」「なんで?」「思うんや。晴れる!って心の底から思うんや。そしたら、晴れる!思いようが足りなんだら、晴れん。京都は晴れるで!」で、その通り、京都駅に電車が付くと雲の合間から太陽がのぞいた。これ、ホントの話なんです。彼は電車を降りて太陽を見て、ニコッと笑って「じゃ!」と、さっさとおじさんのところに向かいました。その後、彼の人生がどのようなものだったか知りませんが、「思うんや。晴れる!って心の底から思うんや。そしたら、晴れる!」という言葉が今も僕を支えてくれています。京都に戻って、間もなく僕は20歳になり、記念にタバコを1本だけ吸い、むせかえったことも覚えています。