娘の白髪を見て、初めて気づきました。
これは「頑張り」じゃなかった。
ミニバスを辞めた本当の理由を書きます。
次女がミニバスを辞めた本当の理由。書けなかった「スポーツの闇」
これまで、次女がミニバスを辞めたことについて2回書いてきた。
辞め時なのか、辞め癖なのか。
親としてどこまで頑張らせるべきなのか。
でも——
実は、どうしても書けなかったことがある。
それが、今回の話。
少し重たい内容になるかもしれないけれど、
同じように悩んでいる人がいるかもしれないと思って書くことにした。
次女がミニバスを辞めた理由は、ひとつじゃなかった。
仲間外れにされていたこと。
これはすでに書いた通り。
でも、それだけじゃなかった。
もうひとつあった。
それが、いわゆる「スポーツの闇」と感じた部分。
次女のチームのコーチは、
厳しすぎる指導は子どものためにならない、という考えの人だった。
試合で目にした他のチームのコーチと比べても、
とても穏やかな指導だったと思う。
だからこそ、安心していたし、
「あのチームじゃなければ、もっと早く辞めていたかもしれない」
とも感じている。
でも——
試合になると、相手チームの様子が目に入る。
大声で怒鳴るコーチ。
試合が終わると選手を集めて叱責。
こども達は、怒られている時間を
ただ耐えているようにしか見えなかった。
それを見て、次女は思ったらしい。
「あれでは楽しいとも、もっと上手になりたいとも思えない」
特に、低学年の子が高学年と同じように叱責される姿に、
心を痛めていた。
バスケが好きだった。
うまくなりたい気持ちもあった。
でも、
そういう世界の中で続けることに、違和感を感じていた。
そしてそれは、じわじわと心に積み重なっていった。
仲間外れのこともあって、
居場所としてもしんどい。
でも、競技として見ても、なんだか怖い。
気づけば、
夜も眠れず、
白髪までできて、
無気力になりYouTubeしか見られない状態になっていた。
それでも次女は、
チームの人数が足りなくなるからと、
ずっと我慢していた。
10歳の子どもが。
そこまでして続けるものなのか。
正直、今はそう思う。
スポーツは本来、楽しいもののはず。
好きだから頑張れるもののはず。
でも、その「好き」を壊してしまうような環境があるとしたら——
それは本当に、子どものためになっているのか。
強くなることと、厳しくすることは、同じではない。
以前、ある本を読んだ。
マルトリートメント(不適切な養育)について書かれた本だった。
暴力だけでなく、暴言もまた、
子どもの脳や心に影響を与えることがあるという。
そしてそれは、
自分に向けられていなくても、同じ。
共感力が高い次女にとっては、
周りで怒鳴られている声も、
まるで自分に向けられているように感じていたのだと思う。
本当につらかっただろうと思う。
もちろん、厳しい言葉の裏には
「強くなってほしい」という思いがあるのかもしれない。
でもその関わり方が、
考える力を奪い、
無気力にしてしまうとしたら——
それは本当に、正しい指導なのだろうか。
今回の出来事で、
スポーツの「もう一つの側面」を見た気がした。
そして改めて思う。
外から見ているだけでは、何も分からないということ。
大会では楽しそうにプレーしていた。
シュートも決めていた。
だから周りは言う。
「なんで辞めるの?もったいない」
でも本当の理由は、見えないところにある。
子どもはちゃんと感じている。
何が好きで、何がつらいのか。
そして、自分の限界も。
今回の退部は、逃げではない。
自分を守るための選択だったんだと思う。
親として、もっと早く気づけたんじゃないか。
そんな思いも正直ある。
でも同時に、
話を聞けば、ちゃんと本音は出てくることも知った。
だからこれからは、
「頑張らせるかどうか」の前に、
その場所が本当に大丈夫な場所なのか、
ちゃんと見ていきたいと思う。
これは、次女の話だけじゃない。
もしかしたら、どこにでもある話なのかもしれない。
