加茂隆康弁護士の著書『自動車保険金は出ないのがフツー』について考察するブログ -11ページ目
加茂隆康弁護士のコラム 示談後の悔し涙  ― 実は倍額がもらえたのに… ― 
損保の提示額に疑問をお持ちの方はぜひお読み下さい。
加茂隆康弁護士自身もオススメされているコラムです。

示談後の悔し涙 (7/7)

― 再訪 ―

彼はそのあと、日を替えてもう一度私の事務所に訪ねてきました。
 私の事務所に来るまでの間に、霞が関の日弁連交通事故相談センターにも出向き、そこの弁護士にも聞いてみたといいます。
 センターの弁護士も私と同様の額を積算して、ビジネスライクに冷たくいい放ったそうです。

 「お気の毒ですがいまさらどうにもなりませんね。示談を白紙にもどすのは無理です」

 センターの弁護士との一問一答を克明に語ったあとで、彼は哀願するような眼差しを私に向けました。

 「先生、どうしても、どうしてもだめでしょうか。なんとかならないものでしょうか」

 彼の口調が切実であるだけに、私にも彼の気持ちがわかります。はめられた悔しさがこちらにも伝わってきます。
 できるかぎり柔らかく私は彼に伝えます。

 「なんとかなるものなら、なんとかしてさしあげたいのですが、示談を白紙にもどすことは不可能です。裁判を起こしても勝ち味はありません」

 「そうですか……」

 彼は小さな声で呟くと、溜息をひとつつきました。
 肩を落として帰っていく彼をエレベーターホールまで見送ります。背中全体に寂寥感がただよっています。
 私は考えてしまいました。本来とれたであろう賠償金の額を私が彼に告げたのは、彼にとって幸福といえるのだろうか。500万円の示談額が正しい額で、彼は息子のために最善のことをしたのだと思いこませておいた方が、よかったのではないかと。

 私のアドバイスによって彼は後悔を招き、失意の底につき落とされたように思えたのです。私の事務所を訪れるまで、彼は示談金額にさほどの疑いはもたなかったはずです。むしろ彼の希望どおりT損保が増額してくれたことに達成感すらいだき、円満な解決に満足していたのでしょう。一抹の不安さえ脳裡をかすめなければ、そのままでよかったのです。真実を知らないでいることのしあわせと、真実を知らされたことによるふしあわせ。
 
弁護士は法律相談にみえたお客様には、法律上の正しいこたえを提供するのが仕事です。それがサービス業としての弁護士の務めですが、人間の幸福ということを考えたとき、知らせないでおくことのしあわせも、選択肢に加えるべきかと悩んだのです。
でも、と私はふたたび考えました。私が本当のことをいわないで彼に安堵を与えたとしても、彼が後日、ひょんなことから私の回答に疑念をいだき、交通事故に強い別の弁護士の門をたたいたらどうなるか。彼の落胆は倍加し、私への不信感が生れ、さらには弁護士全体に対する猜疑心まで宿ったにちがいありません。

 それを思うと、やはり致し方なかったというべきか……。
 癌患者を前に、癌を告知しえない医師の苦悩がわかるような気がしました。


加茂隆康弁護士のコラム、示談後の悔し涙はいかがだったでしょうか??
またコラム載せていきますね!


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示談後の悔し涙 (6/7)

茫然と示談書を見つめたまま、彼は言葉を失っていました。

 「示談書にサインをなさる前にお越しいただければよかったのですが……」

 「……示談をやり直すということはできないものでしょうか」

 「すでに示談金も払われているので無理でしょうね。……本来もらえるはずの額の10分の1ぐらいの低額で、無理やり示談書にサインさせられたというのなら、『強迫』とか『錯誤』を理由に示談契約を取消したり無効にしたりすることも、まあ理屈としては考えられないわけではありませんが、……その場合でも、その主張が通る確率は非常に少ないと思います。今回はお宅さまが基準を知らなかったとはいえ、金額そのものは納得のうえサインしたわけでしょうから……もうどうにもならないでしょうね」

 お気の毒だとは思いながらも、私は正直にそう説明するしかありませんでした。テーブルをはさんだ相談者が目の前でしょげていくのを見るのは、弁護士としてもつらいものがあります。

 「でも将来、予期せぬ後遺障害がでてきたときは、その分は別途協議できますよ」

 せめてもの慰めを与えたいと私は思いました。

 「はっ?」

 「息子さんの後遺障害等級は12級でしたね。でも万一それ以上の後遺障害がでてしまった場合には、その時点で再度自賠責保険会社に等級の見直しを求める道はあります。その結果、もし12級より上の等級が認定されれば12級との差額が自賠責保険より支払われます。そういう場合、その差額だけでは十分な補償ではありません。そこで自賠責だけでは足らない分を任意保険のT損保に請求することは可能です。その意味では、息子さんの後遺障害が思いがけない方向にでてしまった場合、まだ救済される余地はあります」

 男性は少し安堵の表情をのぞかせました。

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示談後の悔し涙 (5/7)

― 弁護士会基準で納得させる道 ―

 弁護士会の基準で賠償金を請求できるといっても、任意保険会社がそれに応じないのではどうしようもありません。実は、算定の根拠となる基準をめぐって争いになり、泣かされている被害者は数多くいます。
 任意保険会社に弁護士会基準での算定を納得させるには、やはり「でるとこへでる」か、弁護士をつけるしかないように思います。「赤本」とか「青本」という弁護士会基準があることは、任意保険会社の担当者も十分に承知しています。それどころか、損保の査定部門にはそれらの本が常備されています。それでも任意保険の担当者(というか上司)は保険金を安く抑えたいため、弁護士会基準で算定することに強い抵抗を示します。

 なぜか。

 それが保険会社の査定担当者たちの、悪い意味でのポリシーだからです。
 現場の担当者のなかには、50代から60代の方も少なくありません。彼らの大部分は、実は他の職業からの転職組なのです。もと勤めていた企業や団体を定年退職したり、勇退した人が数多くみられます。資金力の豊かな損保が中高年をこうした形で再雇用するのは、労働政策上はたいへん結構なことだと思います。失業率を低下させる一助にもなります。
 
ただそういう再就職組の方々には、決裁権がありません。30代から40代の、その損保はえぬきの中間管理職(センター長とか課長とか主任といった肩書きの方)が彼らを仕切っています。50代から60代の中高年の担当者は、自分より10歳も20歳も若い管理職の顔色をうかがいながら、上から指示されたマニュアル通りのきびしい査定をするのが実情です。
 彼らが、被害者から要求されるままに最初から弁護士会基準で査定したなら、若い上司に叱責されてしまいます。でも「でるとこ」へだされたり、被害者に弁護士がついた場合には話は別です。弁護士会基準でやることについて、仕方がないとあきらめもつきます。上司も納得してくれます。

「でるとこへでる」とは何か。

 必ずしも裁判を起こすことだけを意味するのではありません。日弁連交通事故相談センターとか交通事故紛争処理センターといった第三者機関に示談の斡旋を申し立てるのも含まれます。その申し立ては、弁護士をつけなくても被害者が自分でできます。
 このように書きますと、損保の中間管理職は非情な人間のように思われるかもしれません。

 「もう金はいらないから、かわりにお前を俺の車で轢かせてくれ。それっぽっちの金ですむんだったら、お前を轢かせてもらって、お前のいう金を払ってやるわ」

 被害者からしてみますと、こういいたくなるような冷徹な人間もいますが、中間管理職の方々も、その上司の指示や社の方針で動いています。これが損保や共済に共通した構造です。


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示談後の悔し涙 (4/7)

― 自賠責基準と弁護士会基準 ―

 なぜこういう事態が生じるか。
 それは賠償金の基準が2種類あり、そのことが世間に知られていないからです。
 2種類とは自賠責基準と弁護士会基準です。自賠責の基準はかなり低く、弁護士会の基準はそれに比して相当高くなっています。
 ちなみに任意保険でもむかしは査定基準を設けていましたが、各社横並びに一定基準で査定するというのは、独占禁止法に違反するのではないかという問題が浮上しました。このため、現在では任意保険としての全社一律の基準はなく、ケースバイケースで各社が査定しています。 といっても、損保や共済は各社ごとに独自の任意保険基準を設けているようですが。
 任意保険の査定の実情をみるかぎり、慰謝料などは自賠責基準と弁護士会基準の中間値をとるか、どちらかといえば自賠責基準寄りの数値をとることが多いように感じます。
 ここでいう弁護士会基準とは、「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(通称「赤本」の基準)と「交通事故損害額算定基準」(通称「青本」の基準)です。東京地裁交通部(民事第27部)の見解は、「赤本」に反映されています。裁判外でも、「青本」より「赤本」の方が実務の準則として活用されている印象があります。

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示談後の悔し涙 (3/7)

― はめられた! ―

 T損保が「今後のお支払額469万円」と記載している明細書のなかで、明らかに金額を低く見積もっている項目が3つあります。入通院慰謝料、後遺障害逸失利益、後遺障害慰謝料です。
 息子さんは2年8か月余りも治療をうけました。入院は2か月半、実際に通院した日数だけでも約200日になります。これだけ長期の治療を要した場合、入通院慰謝料は170万円から200万円は認められるべきですが、T損保では140万円しか認めていません。
 後遺障害逸失利益というのは、後遺障害があるために労働能力が落ち、そのために予想される減収のことです。後遺障害等級12級の場合には、労働能力は健康時より14%衰えるとみるのがふつうです。月収100万円の方であれば、86万円しか稼げなくなり、14万円収入が減るということです。このパーセンテージを労働能力喪失率といいます。後遺障害等級14級の場合には、労働能力喪失率は5%とされています。息子さんの場合には、後遺障害等級が12級でしたから、労働能力喪失率を14%として計算すべきであるのに、T損保では14級相当の5%で計算しています。逸失利益を意識的に、不当に低く見積もったのです。
 後遺障害の慰謝料の算定にも問題がありました。12級の場合、東京三弁護士会の基準によれば、後遺障害慰謝料として270万円から290万円は認められるべきものです。ところがT損保では129万円しか認めていません。われわれ弁護士が被害者サイドにたって考えた場合、この金額は低すぎます。弁護士会基準の半分以下にすぎません。
 T損保がだしてきた算定額と私が計算しなおした額とを対比しますと、以下の「損害額対照表」のようになります。


損害額対照表
損害項目 T損保 筆  者
(1)入通院慰謝料 \1,400,000 \ 1,700,000~\ 2,000,000
(2)後遺障害逸失利益 \2,200,000 \ 7,180,000~\10,040,000
(3)後遺障害慰謝料 \1,290,000 \ 2,700,000~\ 2,900,000
(1)(2)(3)合計 \4,890,000 \11,580,000~\14,940,000
上記(1)(2)(3)のほか治療費、休業損害など、すべての損害を合算した金額より15%過失相殺して、既払金を控除した金額 今後の支払額として、\4,640,000を提示 今後の支払い額としては、最低\10,000,000以上が妥当

  「500万円の示談金はあまりにも安すぎます。本来の額の半分にすぎません。1000万円もらってもおかしくはなかったでしょう」

 T損保の算定と私の算定とを対比したメモ書きを彼に渡したところ、彼は愕然としました。
 T損保の担当者は、賠償金の相場を知らない被害者の無知につけこんで、彼をだましたのです。おそらくT損保の担当者や上司は、464万円という提示に対して、彼から「500万円にしてくれませんか」という要求をうけたとき、内心ほくそえんだことでしょう。弁護士が介入すれば1000万円払わされるところを、500万円で被害者がOKするといってくれたのですから、渡りに舟と考えたにちがいありません。