名盤の誉れ高い『私・的・空・間』のラストに配された、“岩崎宏美”を語る上で外せない1曲。当時から宏美さんがお気に召してらしたことは間違いないのだが、紙ジャケ再発の折りに次のように述べていらっしゃる。

ーーーーーーーーーーーーーーー

 このアルバムでは、有馬三恵子さんと筒美京平さんのコンビで数曲書いていただいてます。しかも、「生きがい」と「日暮れのマティーニ」という素晴らしい2曲がここで生まれていて。有馬三恵子-筒美京平コンビといえば、シンシア(南沙織さん)の名曲もたくさんありますが、シンシアは、声や雰囲気、そして曲とすべて大好きです!

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 リリースされた1983年の秋のリサイタルでも、またその翌年のNHKスタジオライブ『歌謡スペシャル』でも、この2曲は続けて披露されている。さらに昨年リリースされた「筒美京平シングルズ&フェイバリッツ」にも「生きがい」が、「筒美京平フェイバリッツⅡ」にはこの「日暮れのマティーニ」がセレクトされている。

 

 

 「日暮れのマティーニ」は、目の前に情景があざやかに浮かぶ美しい歌詞である。日暮れどきの海辺のレストランでマティーニのグラスを並べ、お互い過去はいろいろあれども、二人向き合って生きていこう、というとても大人なラブソングである。

 

 前述の通り有馬×筒美作品だが、編曲に事務所独立以降の宏美さんのサウンドを支えた奥慶一さんの名が見える。曲中の歌詞の通り、イントロのお洒落なピアノ(演奏は奥さん自身!)の音にまず心奪われる。この曲は演奏時間が5分という大曲だが、つくり自体はAメロとサビしかないシンプルな構成である。Aメロとサビの間を繋ぐ短い間奏が良い。ホルン(沖田晏宏、笠松長久)もフィーチュアしてストリングス(JOE ストリングス)の16分音符が盛り上げ、ドラマティックにサビの「♪ 聞かせて下さい〜」になだれ込むのだ。宏美さんの若々しい弾力性と成熟した艶やかさの双方が同居するこの時期ならではの声質と歌唱で、語りかけるようなAメロと切々と謳い上げるサビの対比が見事である。

 

 1番と2番の間奏は、イントロのバリエーションだが、ベース(渡辺直樹)が動き、ホルンも加わってここも聴き応え充分だ。当時のコンサートでは、2番に入ってすぐの「♪ 片隅でピアノが かすかにはずんで〜」のバックでピアノがフィーチュアされてスポットが当たり、宏美さんもピアノの方を向いて歌われていた記憶がある。

 

 ツーコーラス後のハーフでは半音上がってG♭メジャーに転調。それに伴い、「♪ なみのない人は〜」「♪ ふりで向き合って 生てみたいの」の太字3ヶ所は宏美さんの音域いっぱいのハイD♭であり、もはや絶唱と言ってよい盛り上がりを見せる。「♪ わかるでしょう?」というコーダで宏美さんのボーカルが劇的に幕を引くと、アウトロではピアノのリフがさざなみのように寄せては返す。アルバム全体を聴き終えた心地よい満足感に浸ることができるのだ。

 

 

 そしてこの曲は、筒美作品ばかりを集めたセルフカバー集『Never Again〜許さない』で、ジャズピアニストであり、島田歌穂さんの夫でもある島 健さんによって、新たな生を与えられている。こちらもアルバムの最後を飾る見事なアレンジと歌唱であり、触れない訳にはいかない。

 

 このバージョンは、キーはオリジナルより-2のE♭メジャー。年を重ねた宏美さんの中低音がよりよく響く音域のキーに設定されている。イントロのクロマティックな3度のストリングス(金原千恵子グループ)の下降形、ボーカルのバックでポロポロ鳴るいかにもジャズっぽいピアノ(シマケンさんご自身)が、ゴージャスなストリングス付きのジャズバンドの演奏を聴いている気分にさせる。

 

 間奏では、シマケンさんがピアニカに持ち替えてのお洒落極まりないソロを聴かせてくれる。さらに加えて、2番のAメロ終わりからは、倍テン感覚(ダブル・タイム・フィール)でスウィングし出し、完璧にジャズになる。若い頃よりも説得力を増した宏美さんの歌声がこれに拍車をかけ、最高のクライマックスを迎えるのだ。

 

 

 また、YouTubeでは見つからなかったのだが、宏美さんは25周年のライブハウスツアーでもこの曲を取り上げている。その折りの2000年2月29日のSTB139のステージの模様が当時オンエアされた。北島直樹さんのピアノと古川昌義さんのギターだけのバックの「日暮れのマティーニ」も、これまた聴き逃せない。私に技術がなく、セルフアップできないのが残念だ。

 

 今回様々なバージョンを聴き直して思ったのだが、この歌も今歌われてもさらに良いかも知れない。例えば、国府弘子さんのピアノ一本、間奏は弘子姐さんのピアニカ持ち替え!いかがですか?

 

(1983.7.21 アルバム『私・的・空・間』収録)