今日4月4日は、宏美さんの64thシングル「いのちの理由」の発売記念日である。しかも今日でまる10年。皆様よくご存知の通り、この曲はさだまさしさんの作詞作曲で、元々はまさしさんのアルバム『美しい朝』(2009)の収録曲である。この歌は宏美さん以外にも、コロッケ(2010)、クリス・ハート(2016)、平原綾香(2019)ら多くのアーティストによってカバーされている。まずはまさしさんのオリジナルをどうぞ。

 

 

 ふだんなかなか改めて考えることのない、自分がこの世に生を受けた理由。まさしさんはそこにストレートに切り込んでくる。歌い出しの「♪ 私が生まれてきた訳は/父と母とに出会うため」に、いきなりと胸を突かれる。この歌を初めて聴いた時、私はすでに父を亡くしていた。4回ほぼ同じフレーズが繰り返される間に、われわれの心はもうすっかり鷲掴みにされてこの歌の世界に引き込まれている。

 

 すると、続くBメロの「♪ 春来れば 花自ずから咲くように/秋くれば 葉は自ずから散るように」では、一転して、自分が生を受けたのは、大きな自然界の営みの一部だ、と説かれるのだ。そしてサビの「♪ しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ」と「いのちの理由」が結論づけられ、何度聴いても心が洗われるような清々しい想いになるのである。

 

 2番の歌詞も、基本的には同じ構造を取っている。だが私は、2番の前半の歌詞にさだまさしという人の才能の非凡さを感じるのだ。

 

♪ 私が生まれてきた訳は
 

 何処かの誰かを傷つけて
 

 私が生まれてきた訳は
 

 何処かの誰かに傷ついて

 

 人は生きていれば、誰しも傷つけたり傷ついたりする。それは致し方のないことだ。だがまさしさんはそれを一歩進めて、これも「いのちの理由」であるとしているのだ。辛いことにも、どんなことにも意味がある。この部分があることによって、この歌はよりいっそう深みのある歌となっていると私は思うのだ。

 

 

 私は先月末で小学校教員を定年退職したが、拙ブログ内ではこれまで職業を明らかにして来なかった。基本的に宏美さんの楽曲への想いを語るブログだし、職業は必要な情報ではないと考えたからだ。だが、いくつかの楽曲の思い出は、私の教員としてのそれと切っても切れない関係にあることにブログを書き始めてから気づいた。それで、ちょうど退職の折りに職業を明らかにして、先延ばしにしていた曲について語っていけば良い、と思ったのだ。「いのちの理由」と教員の仕事を結ぶキーワードは、手話である。

 

 私は1990年代後半に手話に出会った。きっかけは、実話を基にした漫画『遥かなる甲子園』(山本おさむ、原作:戸部良也、双葉社)である。1964年、アメリカで風疹が大流行した。それは軍用地を持つ沖縄にも広まり、妊婦の中にも感染する者が多かった。翌年沖縄ではたくさんの聴覚障害児が生まれ、彼らのために期間限定で聾学校が設立されたのである。甲子園を夢見る野球少年たちは、高等部入学を機に野球部を作るが、高野連の規定に阻まれ、甲子園どころか他校との練習試合すら難しいという現状に直面する。そこから、少年たち、保護者、顧問や校長をはじめとした教職員の長い闘いが始まるのだ。

 

 この漫画を描くために、作者の山本さんは手話サークルに通ったと言う。私も初めこそ独学で学校に手話クラブを作り、子どもがとっつきやすい手話ソングなどから始めて行ったが、間もなく地元の手話サークルに入り、聾の方々との交流も含めて様々な活動をするようになった。

 

 忘れられないのは、そのサークルで聾の方々も一緒に「BELIEVE」という歌(『生きもの地球紀行』ED、詞曲:杉本竜一)の手話の振り付けをしたことだ。当時担任していた5年生の子どもたちを連れて、高齢の方のデイサービス施設を訪れたことがあった。その折りに、手話付きの「BELIEVE」を子どもたちが歌ったのである。そうしたら、デイサービス利用者の皆様が泣くのである。もちろん、子どもたちのピュアな歌声、歌の内容の素晴らしさも大きい。だが、私は手話があることによって、聴いている、いや見ている方の心に、より歌詞の内容が直に響いていくのまざまざと感じたのだ。

 

 それ以来、私は本で覚えたり自分で振り付けたり、最近はYouTubeの手話振りを参考にしたりしながら、手話ソングのレパートリーを増やして来た。8年前、4年生にこの「いのちの理由」を手話付きで子どもたちに教えたことがあった。子どもたちはとてもこの歌を気に入り、「2分の1成人式*で歌いたい❣️歌詞もピッタリだから」と子どもの方から提案があり実現したのだ。その思い出が、どうしてもこの歌には重なるのである。🥰

 

* 2分の1成人式は、10歳(小学校では4年生)を記念して行われる行事。その頃から徐々に問題点(家庭事情への配慮等)も指摘され始めていたが、当時の勤務校ではまだ行われていた。

 

 宏美さんは、「いのちの理由」に手話を取り入れてみようと思ったきっかけについて、「ファンの中に耳が不自由な方がいて、それでも最前列で聴いてくれている。その方にとって、或いは他にもいるかも知れない聞こえにくい方にとって、手話があったらいいのではないかと思った。また、夏川りみさんが手話を取り入れているのを見たのがきっかけで、この歌ならそんなに難しくなく手話ができるのではないかと思った」と語っている。

 

 宏美さんの「いのちの理由」の手話振り付け・指導は、手話通訳士の日向恵さんである。麗しい手話振りで、この曲の魅力にさらに花を添え、渡辺俊幸さんによるアコースティックなアレンジもよりいっそうこの曲を盛り立てている。この曲のPVは、本当に宏美さんのお姿も手話も美しく、見入ってしまう。🥰

 

 

 まさしさんによる詞の素晴らしさ、シンプルな曲ゆえの訴える力。そこに「そっと心に問いかけ」るような宏美さんの歌声、そして手話。デビュー40周年の折りのファン投票によるランキングで、この曲は並み居る70〜80年代のヒット曲に混じって、今世紀リリースの楽曲として唯一ベストテンに名を連ねた。以降のコンサートツアーやライブハウスツアーでも、もはや外すことのできない「岩崎宏美の代表曲」として定着している。

 

 いつまでも大切に歌っていただきたい、そして大切に聴いていきたい曲である。

 

(2012.4.14シングル)