たいへん季節外れだが、今日は山口百恵(作詞・作曲:さだまさし)さんの名曲「秋桜」についてお話をしたい。本来なら、コスモスの美しい秋に取り上げたい曲である。だが、気がついてみたら、もう宏美さんが吹き込んだもののうち、拙ブログでまだ取り上げていない楽曲は、残り僅かになっていたのだ。現在のペースで1日1曲ずつ取り上げていくと、恐らく5月中には“ネタ切れ”状態になる。そう、私のブログにはもうコスモスの季節は巡って来ないのである。😂

 

 「秋桜」は、言うまでもなく、秋桜が何気なく咲いている小春日和、結婚を翌日に控えた娘とその母のワンシーンを切り取ったこの上なく美しい歌である。この歌がリリースされたのは1977年10月。百恵さんと友和さんの映画初共演は74年の『伊豆の踊り子』であるから、すでに運命のお二人は出会っている訳だ。お二人の心の中までは分からないが、お二人の仲が公になったのは79年10月なので、少なくとも「秋桜」を吹き込んだ時、嫁ぐ日を明日に控えた女性の実感は、百恵さんはまだ持っていなかった、と捉えるのが自然ではないだろうか。

 

こちらのブログよりお借りしました)

 

 百恵さんのシングルレコードの歌詞カードは、まさしさんの手書き文字だったのだそうだ。何とも言えず味わいがあるし、まさしさんの愛情を感じる。編曲は萩田光雄先生、そしてピアノは故・羽田健太郎さん。イントロの装飾音符が印象的なピアノは、平易そうに聞こえるが実は案外弾くのが難しく、羽田さんならではの演奏と言われている(『ヒット曲の料理人 編曲家 萩田光雄の時代』等より)。

 

 

 百恵さんの武道館でのさよならコンサートが、一昨年初めて地上波で放映された。もちろん録画してじっくりと鑑賞した。終盤で「秋桜」が始まった時に、おや?と思った。レコード音源よりも1音低いE♭マイナーで歌われていたからである。だがもちろん、実生活で結婚される日が近づいていた百恵さんである。歌われる前、母親への感謝を語る百恵さん。そして百恵さんの万感の思いが、歌を通してひしひしと伝わってくる。40年の時を隔ててもなお色褪せない感動が、聴くわれわれの胸を揺さぶるのだ。

 

 

 宏美さんは『Dear Friends Ⅱ』でこの昭和を代表する名曲を吹き込んでいる。その時、宏美さんは45歳になろうとする秋である。年齢的なもの、それまでの人生経験からして当然ではあろうが、宏美さんの歌からは、嫁ぐ娘の気持ち以上に、その母親としての気持ちが溢れ出ているように思う。

 

 キーは百恵さんのオリジナルと同じFマイナー。語るような前半から、われわれの心を鷲掴みにして離さない。サビはこの高いキーなので殆どがファルセットによる、恰も泣いているようなお声が涙腺を直撃する。

 

 そして、宏美さんがライナーノーツに「SALTのピアノが切なくて歌いきるのは至難の業でした」と述懐された通り、SALTこと塩谷哲さんのアレンジとピアノが繊細過ぎて、宏美さんのボーカルとのコラボにただただため息である。どこかシューマンを思わせるようなクロマティックなイントロから、Aメロ1回目までしばらくベースは同じF音を繰り返す、微妙に不安定な緊張感が何とも言えない。それが、2回目後半(♪ 何度も同じ話 くりかえす〜)からサビにかけてベースが動き出した時、われわれの心が心地よくザワザワとし始めるのである。

 

 このSALTのアレンジの中でも抜群に効果を上げていると思うのが、構成の変更である。オリジナルはたいへんシンプルなツーコーラスである。ところが、このアレンジでは、2番最後の「♪ もう少しあなたの子供で/いさせてください」の「ください」を歌わずに一旦ぶった斬り、モルト・リタルダンドでドミナントのピアノの低音が響くのである。そしてその後、母の想いを受け止めた娘が静かな決意を語るサビを、宏美さんのえも言われぬ美声で繰り返すのだ。

 

 

 このSALTアレンジによる「秋桜」は、アコースティック・ライブでは青柳誠さんのピアノ一本で歌われるのが定番となっている。青柳さんは、SALTのアレンジをなぞってはいるものの、また違う男性的なピアノでこちらも良い。青柳さんのピアノ一本の録音は商品化されていないが、一昨年のコットンクラブでの演奏が、公式YouTubeチャンネルで上がっているのでご紹介しよう(7:00くらいから)。青柳さんの演奏の魅力も感じていただけると思う。

 

 

(2003.11.26 アルバム『Dear Friends Ⅱ』収録)