昨日の日曜日、朝起きて食卓に降りて来ると、祖父の跡を継いで牛の世話をする若者の映像がテレビで流れていた。雰囲気から『小さな旅』だろうな、と思った。意識してスイッチを入れ、この番組を見たことはあまりない。いつも気がつくとテレビで流れていて、心がほのぼのとする紀行番組である。

 

 このNHKの番組は1983年に『いっと6けん小さな旅』としてスタート、翌年から『関東甲信越小さな旅』に、そして1991年に取材対象地域拡大に合わせて、現在の番組名『小さな旅』になったという。オープニングとエンディングのテーマは大野雄二さんの作曲で、タイトルは「光と風の四季」、演奏はアンサンブル・デ・ヴォワィヤージュ。短いイントロに引き続いてイングリッシュホルン(=コーラングレ、アルトオーボエ)による印象的なフレーズが奏でられる。番組開始から40年近く変わらずに使用されている、日本中で愛されているテーマ音楽である。

 

 

 この「光と風の四季」に歌詞が付けられ、宏美さんが「小さな旅」として歌われていたことは、意外に知られていない。1986年に宏美さんの40枚目のシングルとしてリリースされた頃、一時番組のテーマとしても流れたらしいが、私も記憶にない。

 

 宏美さんは前年の85年に事務所を独立、この86年にはミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』に出演するなど大活躍。ビジュアル的にもメイク、髪型、衣装などそれ以前とイメージを変えて派手目にしていた。だが、この「小さな旅」を歌われる時は、番組や曲のイメージに合わせてであろう、髪はストレートに戻し、メイクもナチュラル気味のことが多かった。

 

 山川啓介さんによって書き下ろされた歌詞も、男女の恋愛感情の表現は控え目で、全体に叙情的な雰囲気が漂っている。当時宏美さんは、テレビ番組等で「♪ 夕映えと 夜空が/抱き合うみたいに」という歌詞が大好き、と何度か語っておられた。

 

 編曲は奥慶一さん。オリジナルへのリスペクトの表れであろう、前奏・間奏・後奏など、随所にイングリッシュホルン(石橋雅一さん)の印象的なフレーズが出現する。

 

 

 さて、肝腎の歌である。番組のテーマ曲として流れている時には感じないのだが、歌詞が付いて歌になると、Aメロがいかにも短く(7小節)、サビの「♪ 不思議ね 離れると〜」が、私にはやや唐突に聞こえるのだ。80年代以降は、歌謡ポップスも構成が複雑化し、Aメロとサビの間にBメロ(ブリッジ)が置かれる曲が主流になった。なかったとしても、「AA’」のように、Aメロを繰り返して終わりだけ変化させるようなものが多いのだ。

 

 大野さんは、元々ジャズピアニスト、ジャズの作編曲が本業で、歌謡ポップス系の提供作品はさほど多くない。劇伴ではあまりにも有名な『ルパン三世』をはじめとして名作が多いが、私の弟に言わせると、「歌ものは概して良くない」のだそうだ。😅💦

 

 宏美さんはもちろん、この歌の情景に合ったリリカルなボーカルを聴かせてくれているのだが。この歌は、リリースから15年ほど経過した、今世紀初めくらいのツアーで久々に披露された。その時はサビの高音部は地声で張り上げず、美しくファルセットを響かせていた。その方が私はさらに良いように思った。

 

 

 この曲のリリースから2ヶ月後、私は3年ぶりにポーランドを訪れた。3年前に知り合ってから文通を続けていた5人の友人宅を足がかりに、まる1ヶ月でポーランドを一周する、私にとって「小さからぬ旅」を敢行したのだ。

 

 ワルシャワ、タルノブジェク、オレスノ、ベンジン、ドミノーヴォ。当時はもちろんSNSも携帯もなく、ポーランドは国際電話も難しかった。エアメールで友人宅に泊めてもらう約束を取り付けて行ったのだ。

 

 その中でも、この旅行中最も感慨深い出来事となったのが、ポズナン郊外ドミノーヴォの農家の息子だったLとの再会だ。その前にお世話になったベンジンの女の子Iのパパが調べてくれて、Lの家へはとても公共交通機関で行くのは難しいと言う。それで、Iも一緒にパパの車でLの家まで送ってくれたのだ。

 

 果たして、何度も迷って道を訊きながら、薄暗くなってようやく辿り着いた田舎に、Lの家はあった。知り合った時日本で言えば中学生くらいだった彼は、面影は残っていたものの逞しい青年に成長していた。だが、Lの家のある場所はあまりに不便過ぎた。その後の私の旅程を考えると、彼の家に泊めてもらうことは、断念せざるを得なかったのだ。

 

 結局、再会を喜び合ったのも束の間、私はLと別れることになった。Lの友人たちとの再会の夢も潰えた。私は泣きながら、後ろ髪を引かれるような想いで車に乗せられた。無口なLの、伏し目がちな淋しそうな顔が忘れられない。私は車に乗ってからも、しばらく涙が止まらなかった。

 

 「小さな旅」のイングリッシュホルンのノスタルジックな響きを聴くと思い出す、甘酸っぱい青春の1ページである。

 

(1986.6.21 シングル)