記念すべき宏美さん10枚目のオリジナル・アルバム『緋衣草』のA面ラストの曲。過ぎ去った夏の日の恋を懐かしむ歌である。作詞:白鳥英美子、作曲:白鳥澄夫、編曲:松任谷正隆。

 

 作詞の英美子さんは、皆様もよくご存知のトワ・エ・モアの女性の方だ。作曲者も白鳥さんなので、トワ・エ・モアの相方の芥川澄夫さんが、いつの間にかご夫婦になって何かの事情で苗字が?と勘繰ったが違ったようだ。英美子さんのご主人はブルー・コメッツのベーシストだった白鳥健二さん。で、この「ひとつまえの夏」の作曲者である白鳥澄夫さんは、アニメ『ムーミン』の音楽などを作られた作曲家・ミュージシャンである。3人とも別人なので整理してみた。

 

 

 過ぎ去った夏の日の恋と言うと、私の頭にある曲が必ず浮かぶ。それは日野てる子さんの大ヒット曲「夏の日の想い出」(1965)という曲である。この曲は、幼い頃家にレコードがあり、大好きだった。ずいぶんマセた幼児である。😜 当時の雰囲気が分かるYouTubeがあったので、ご紹介しておこう。

 

 

 この日野さんの曲は「夏の想い出が恋しくて、冬に浜辺にひとりで来てみた」というもの。だが、宏美さんの「ひとつまえの夏」は、タイトルから判る通り、「あなたがいた去年の夏を探しに、夏の熱い砂浜にひとりで来てみた」という内容で、季節感が違っている。だが、「ひとつまえの夏」の方が、夏という輝かしい季節、幸せいっぱいの恋人同士が通り過ぎる情景を歌っており、よりいっそうひとりの淋しさを掻き立てられるような気がする。

 

 「ひとつまえの夏」は、〈あなたがいた夏〉の幸福感と、〈ひとりの夏〉の寂寥感の双方をうまく表現した曲調だと感じる。まずテンポは、このアルバムで最も速い「今夜だけは」とほぼ同じで、BPM≒136というアップテンポである。その速いテンポでイントロはF♯マイナーの激しいエイトビートで始まり、印象的なギターのソロ(仲間のAさんの推測では今剛さん!)が途中からAメジャーに変わるのだ。

 

 そして上のC♯という高音から、元気よくフォルテで「♪ 海鳥の声がする この街に来て」と、幸せだったひとつまえの夏のイメージで歌い出される。この『緋衣草』のアルバムは、都会から隔絶された場所が舞台の楽曲が何故か多い。この歌も例外ではない。

 

 「♪ ああ 忘られぬ〜」の部分のビートは4つ打ちが表に出る。ここからキーはマイナーとメジャーの間を揺れ動く。それは主人公の心情が、昨夏の幸福な想い出と今夏の孤独な現実との間を揺蕩うのに似ている。

 

 「♪ 走りー出した なみーぎわでー/交わす言葉 消されてもー」の「みー」は最高音の上のD、最後の伸ばす「もー」の上のC♯を含め、宏美さんはこの曲の高音部は、テンポと勢いに任せて全て地声で歌い切っている。それが、哀しい別離の歌でありながらエネルギッシュに感じる要因にもなっている。

 

 ツーコーラスが終わると、最後のフレーズ「♪ ああ 夢去りし一日でした」がビートレスのバラード調で繰り返される。と、一転、元のエイトビートが復活して、イントロのメロディーが回帰する。泣き叫ぶようなギターソロが激しく奏でられ、フェイドアウトしてA面を終わるのである。

 

 

(1981.7.5 アルバム『緋衣草』収録)