お出かけ自粛のゴールデンウィークも後半。今日の関東は暑いくらいだった。初夏らしい風物を歌っている「夏は来ぬ」を取り上げてみようか。『album Ⅱ』では続けて「待ちぼうけ」も歌われている。ライナーノーツによれば、この2曲は宏美さんご自身による選曲である。

 

 

 「夏は来ぬ」は、作詞:佐佐木信綱、作曲:小山作之助。信綱は詩人と言うより歌人である。私の母は和歌を嗜んでいて、『心の花』という歌誌が定期的に家に送られて来ていた。信綱・治綱・幸綱親子三代は、その『心の花』を発行する「竹柏会」を主宰していた。母は佐佐木三代の孫弟子に当たり、家には信綱や幸綱の本がたくさんあった。直接三代と面識があったかは、今となっては確かめる術もない。作曲の小山作之助は、軍歌や校歌などの作品が多い。

 

 「夏は来ぬ」と言うと真っ先に思い浮かぶのは、高校時代呪文のように唱えていた「こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)」、つまりカ行変格活用である。「来(く)」の連用形「来(き)」に、完了の助動詞「ぬ」が付いているので夏は来ぬ=夏が来た!、という意味だということは瞬時に了解できる。勉強とはありがたいものだ(笑)。

 

 

 「待ちぼうけ」はお馴染みの北原白秋・山田耕筰コンビによる童謡である。この歌が「守株=株ヲ守ル」の故事成語に取材しているのは皆さんよくご存知だろう。中国の思想書の一つ『韓非子五蠹篇』の中にある説話「守株待兎(しゅしゅたいと:かぶをまもりてうさぎをまつ)」より。

 

 高校時代、古文や漢文を受け持ってくださったA先生は、とにかく文字・板書が芸術的に美しく、私もA先生の授業のノートだけは、他のノートと全く違いきれいに取っていた思い出がある。カ行変格活用や守株の話から、忘れかけていたことを思い出した。

 

 

 さて、宏美さんバージョンについてである。この2曲は、同じA♭メジャーで歌われるため、転調もなくスムーズにメドレーで繋がっていく。宏美さんのボーカルは、いつもの唱歌の折り目正しい歌い方で清々と歌われる。

 

 あまり語られることがないが、この『ALBUM』『album Ⅱ』2枚の唱歌集の青木望さんによる編曲は、もっと評価されて良いと思う。童謡・唱歌の編曲は、通常のテレビ番組やCD等を聴いていても、オーソドックスな伴奏がほとんどである。ピアノによる原曲の伴奏がある場合には、それをなぞる場合が多い。

 

 だが、この2枚のLPの青木さんはとてもチャレンジングなアレンジをしている。「え?ここエレキですか?」「この曲でこのビート⁉︎」みたいな新鮮なサウンドに溢れている。

 

 この「夏は来ぬ」は、ゆったりとした16ビート。シェーカーだけの音にドラムが加わり、ベースが入って来ると、何とずーっとA♭ワンノートで同じリズム。ギターの音もD♭-C-B♭-Cを一貫して繰り返すだけの単調なバック。かと思うと、間奏ではタクトが取りにくいほどの印象的なパッセージを持って来る。

 

 続く「待ちぼうけ」では、山田耕筰のオリジナルのイントロを引用し、リスペクトを見せる。と、シェーカーがウッドブロックに代わり、歌の内容に合わせたユーモラスな雰囲気を醸し出す。そして各コーラスの前半はまたもベースはA♭のワンノート。弦のピチカートは、先ほどの「夏は来ぬ」のギターのフレーズへの応答のような動きをする(譜例参照)。こんなアレンジの工夫が、内容的には無関連のこの2曲の統一感にひと役買っているのだ。

 

 

 そんなアレンジに合わせて、宏美さんが淡々とそして朗々と歌われるこの2曲。私は名唱だと思っている。

 

 

(1980.2.1 アルバム『album Ⅱ』収録)