1975年秋、宏美さんのファースト・コンサートで2曲続けて歌われた。「花嫁」の前に汽笛が鳴らされることからも判るが、この2曲は「汽車の旅」という共通項を持っている。

 

 「花嫁」(1971)ははしだのりひことクライマックス名義の1stシングル。オリコン1位も獲得した、日本のフォークソングを代表するヒット曲である。作詞: 北山修、作曲: 端田宣彦・坂庭省悟。愛する彼の元へひとり夜汽車で旅立つ女性を描いている。駆け落ちがテーマでありながら、前向きな情熱を感じさせる作品だ。

 

 

 一方の「心の旅」(1973)は、チューリップの3rdシングル。チューリップは、フォークグループと言うより、ニューミュージックの草分け、と位置付けられることが多い。こちらの曲もオリコン1位、彼らにとって起死回生のヒットとなった作品である。作詞・作曲:財津和夫。財津さんの上京する直前の心境を元に書かれた歌だそうだ。面白いのは、曲を書くに当たって意識した曲は前述の「花嫁」だそうで、「汽車の旅」というロマンが受け入れられるのでは、と考えたと言う。

 

 

 私は両曲ともリアルタイムで知っているのだが、小学生時代の2年の差は大きく、「花嫁」の方は曲そのものしか記憶がない。「心の旅」の頃には、歌謡番組をラジオまでチェックするようになっていたので、ヒットチャートを上昇して来た頃から、チューリップの名と共に記憶にある。

 

 続けて演奏された2曲のキーはいずれもCメジャー、編曲は中島安敏さん。この2曲は、カセットテープ版にのみ収録され、レコードに入っていなかったので、私はいまだに新鮮な気持ちで聴くことができる。

 

 いずれの曲にも共通して言えることだが、宏美さんの歌い方はどこまでも屈託なく明るい。「花嫁」の歌詞が駆け落ちを表している部分は、大きく3箇所「♪ 帰れない 何があっても」「♪ 花嫁衣裳は〜野菊の花束」「♪ 何もかも 捨てた花嫁」であろうか。その部分でさえ、宏美さんの歌唱はあくまでも爽やかである。故郷に残して来たものには一顧だにせず、彼との新しい生活への期待と歓びだけを歌っているかのようだ。

 

 

 「心の旅」は、とにかくテンポがやたら速い。オリジナルが♩=84くらいなのに、宏美さんのライブでは♩=132くらいである。こうなるともはや、全く別の曲の趣を呈している。感情表現も何もあったものではなく、ノリで突っ走るしかなくなる。この速いテンポの意図はいったいどこにあったのだろう。

 

 

 2曲通して聴いてみると、宏美さんの力強くしなやかな歌声だけが強く印象づけられるのである。

 

 

 私は「心の旅」を聴くと必ず思い出す笑える記憶がある。思えばまだ暢気な時代で、職場で飲んでいた時のことだ。先輩のOさんがギターを持ち出し、皆でいろいろ大合唱していた。そして、この「心の旅」も歌ったのだ。その時、私の1つ年上のAさんは歌わなかった。Oさんが、「A、お前も歌え!」と絡むと、「僕はこの歌嫌いなので歌いません!」と負けていない。「何、生意気だぞ。何が嫌いなんだ!」「自分の都合で旅立つクセに、今夜だけは君を抱いていたい、なんて勝手な男は許せません!」とついにケンカになってしまったのだ。

 

 ギターが上手だったOさんは、残念ながら50そこそこで現役中に亡くなってしまった。若い頃から頑固で筋が一本通っていたAさんとは、縁があってその後何度も同じ部署になった。今ではお互い管理職で、戦友のように支え合いながらコロナ禍の日々を何とか乗り切っている。

 

(1975.12.10 アルバム『ロマンティック・コンサート』カセットテープ版収録)