ジュリーこと沢田研二さんの14枚目のシングル(1975)にして、最大のヒット曲である。

 

 「時の過ぎゆくままに」と聞くと、私より上の世代の方は、真っ先に映画『カサブランカ』(1942)のテーマ曲としても有名な「As Time Goes By」(1931)を思い出されるかも知れない。私の父も、ジュリーのこの歌がヒットした時「『カサブランカ』とは関係ないのか?」などと言っていた記憶がある。

 

 ジュリーのこの曲は、作詞:阿久悠/作曲:大野克夫。6人の作曲家が同じ詞に競作した末、大野先生に決まったと言う。このコンビは、その後も「勝手にしやがれ」をはじめ、ジュリーの代表曲をいくつも世に送り出しているが、この曲がジュリーのシングルとしては初めてのタッグである。編曲も大野先生ご自身だ。

 

 昨年読んだ阿久先生の著書『愛すべき名歌たち』でもこの曲は取り上げられていた。印象に残っているのは、ジュリーのプロダクションから「堕ちて」という言葉を変えてくれと言われたがそれを断った、という部分である。この歌を支配している何となく気怠い、デカダンスな雰囲気が成功に繋がっていると思うので、首を縦に振らなかった阿久先生はさすがだ、と思う。

 

 

 そのジュリーの大ヒット曲に、宏美さんは国府弘子さんのピアノ一本でチャレンジした。「岩崎宏美にはブルースがよく似合う」とは、その弘子姐さんの言葉である。あくまで阿久悠ワールド、ジュリーワールドへのリスペクトの上に、宏美&弘子の新しい「時の過ぎゆくままに」が展開する。

 

 まずはイントロでブルージーこの上ないピアノソロが、テンポフリーで奏でられる。ライブでは、毎回違うインプロヴィゼイションで楽しませてくれる。インテンポになったところでは、ジュリーの原曲のギターソロのフレーズがなぞられ、オリジナルを知るリスナーたちの心をくすぐる。

 

 「♪ あなたはすっかり つかれてしまい〜」の出だしのボーカルから惹き込まれてしまう。さまざまな人生経験を積まれ、長く歌い続けて来られたからこそ、の歌声である。

 

 「♪ 時の過ぎゆくままに この身をまかせ〜」のサビからは音域も上がり、ファルセットを使用して宏美さんが声を張る。音楽はここではメジャーに転調し、ピアノの響きに明るさも仄見える。そこから私が感じるのは、諦観ではなく達観である。投げやりなようでいて、悟りに近いような不思議な感覚を呼び起こす演奏だ。

 

 2コーラス終わった後の短い間奏で、弘子姐さんのピアノが一気にクレシェンドしてゆく。その想いを宏美さんが引き受け、最後のハーフに万感の想いをのせて歌う。時の流れに身をまかせ、二人漂っていても、愛さえあれば「窓の景色も かわってゆくだろう」と、一条の光が差して曲を閉じるのだ。

 

 

 この曲の国府弘子バージョンには、個人的な思い出もある。高校時代の合唱部の仲間十数名で、このところ年1回、ささやかなコンサートを開いている。皆忙しい身、そうそう練習に集まれないので合唱は簡単なもの数曲。その代わりと言っては何だが、賑やかしに各自ソロや少人数のアンサンブルを披露する。

 

 そのコンサートで、本格的なテナーの後輩が私のピアノで1曲ポピュラーを歌うのが、毎年恒例になっている。過去にスウィングジャズ風の「五番街のマリーへ」、ボサノバ風「与作」などを演奏した。前回は、この国府弘子アレンジの「時の過ぎゆくままに」にしたのである。もちろんキーは違うが、「Piano Songs」DVDのライブバージョンも参考にしながら、耳コピしてピアノを練習したり、歌い手の息遣いに寄り添って弾いたりするのは、純粋に楽しかった。

 

 昨夜、この曲をブログで取り上げよう、と決めてから就寝したせいだろう。私は夢の中で一生懸命「時の過ぎゆくままに」のピアノを弾いており、目が覚めた時にそれに気づいて一人で苦笑した。🤣

 

(2014.8.27 アルバム『Dear Friends Ⅶ 阿久悠トリビュート』収録)