宏美さんの通算23枚目のオリジナル・アルバム『FULL CIRCLE』より。作詞:藤田千章、作曲:CAT GRAY、編曲:13CATS。

 

 このアルバムは完全な洋楽センスで、オタクっぽいキャット・グレイのプロデュースもあってか、完成度が高く緻密な演奏が多い。本作ももちろん例外ではない。

 

 まず詞の方から見ていこう。藤田さんの詞は、まず見かけというか、改行に特徴があり、ひと目で判る。例えば、

 

♪ いまはもう

 みつかりはしない

 新たに

 始まる

 歴史の扉

 は

 

という具合に、細切れに改行し、最後の助詞だけを行頭に持ってくるのがお得意である。

 

 内容も解り難い。だがよく読むと、「時は移ろっても、求めるのはいつの時代にも変わらないもの、永遠だと言える何かだ」ということが大意だろうか。宏美さんの歌こそ時代によらない、色褪せることのない本物である、という宏美さんの復帰に寄せた藤田さんのメッセージに他ならないのではないか。私はそんな風に解釈している。

 

 そして音楽である。印象的なキャットのベースソロで始まり、テンポのゆったりした16ビートが一貫して刻まれる楽曲である。歌い出しから、符割はずっと裏、裏にメロディー・歌詞が載っており、リズム感がしっかりしていないと歌い切れない。沼澤さんのタイトなドラムスの音がそれを支える。

 

 サビ、リフレインの「♪ きっと〜」からは、たいそうキャッチーであり、脳内ループ必至のフレーズ。この曲はコンサートでも歌われており、ライブ映像が残されているが、それでは時々「宏美節!」とも言いたいような歌い上げも見られる。だが、スタジオ音源はあくまでドライなAORっぽいグルーブでお洒落である。

 

 構成はシンプルだが、2番に入ると1番から変化している部分が2箇所ある。まず「♪ 色褪せーたー」の部分の節回しが変更され、プチ快感。そしてもう一つ、これはちゃんと聴いていないと聴き逃してしまうのだが、リフレインの「♪ きーっとぉ⤵︎」の入りは、1番は小節の頭なのだが、2番は16分音符一つ分、前に食って入っているのだ。バックの演奏も共に食っており、これがめっちゃカッコいいのだ。

 

 これは、2番の後の間奏(=キーボードのインプロヴィゼイション)の後にリフレインに戻るところも同じである。レコーディング時はともかく、生のコンサートではプロでもウッカリすると入りそびれるのでは、という緊張感のある複雑に転調する間奏からの入りである。もちろん、宏美さんはライブでもバッチリ、16分音符一つ食って入っているのが、DVDで鑑賞できる(CDでは、収録時間の関係か、この曲だけ割愛されている)。

 

 また、その後のリフレインで、「♪ きっと/何処かにある〜」からベースレスになるところもオシャレ。「♪ いつの時代にも〜」で再びベースが入ってきた時に「キターッ!」っという感じで震えるのだ。

 

 

 ライブのエンディングは、スタジオ録音とは違ったパターンが用意されており、途中のキメで宏美さんが頭を後ろに反らすところもバッチリである。

 

 このライブの模様を収めたDVD『Live ’96 FULL CIRCLE』の商品番号は、VIBL-1。つまりビクターのDVD第1号であった。学生時代お金がなくて、VHDの再生機を買うことができなかった私は、このころまだ15万近くもしたDVDの再生専用機を、このDVD (1996.11.1 発売)のためにためらわず購入した。

 

 その翌月の1996年12月。身重の妻と宏美さんのディナーショーに出かけた私は、幸運にも宏美さんとお話をする機会を得た。その時、いきなり妻が「宏美さん、聞いてください!この人宏美さんのDVD1枚のために、15万もするプレーヤー買っちゃったんですよ」と切り出したのだ。あたふたする私に、宏美さんは「あら、ダメじゃない!これからお子さん産まれてお金かかるのに」と仰ったのだ。

 

 宏美さんからバッサリと断じられ、叱られた私である。この時、宏美さんのことを、飾らず、女性・母親として庶民感覚を失わない、素晴らしい方だなぁと改めて思った。歌手としてだけでなく、人として惚れ直したのだ。

 

(1995.11.22 アルバム『FULL CIRCLE』収録)

 

P.S.11/6のブログ「BACK TOGETHER AGAIN」 with 佐藤竹善 に追記があります。そちらのブログを読まれた方は、お手数ですが追記もお読みいただければ幸いです。