シンガーソングライター庄野真代さんの5thシングル(1978)。チャート第3位まで上昇する、庄野さん最大のヒットとなった。筒美先生の作品なので、原曲紹介はいつもの榊ひろと氏の『筒美京平ヒットストーリー』から引用しよう。

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元々は野口五郎のために書かれたメロディーに、ちあき哲也が“イスタンブール”との語呂合わせを駆使した歌詞を乗せたものである。メロディーには「東京ららばい」との共通項が多く、ニューミュージック的なイメージの歌手に筒美らしい哀愁メロディーを歌わせるというコンセプトも通底している。ギリシャの民族楽器ブズーキを使用したエキゾチックなサウンドが聞かれるが、アレンジの船山基紀によれば、これは“何か変わった音を入れたい”という筒美からの指定によるものだったという。

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民族楽器 ブズーキ

 

 『ヒット曲の料理人 編曲家 船山基紀の時代』によると、この庄野さんのオリジナルでブズーキを弾いているのはマンドリン奏者の竹内郁子さんで、イントロで3度のクロマチックスケール(半音階)をエレピで弾いているのは羽田健太郎さんだそうだ。船山さんはこのエレピによるフレーズを、「中東の砂混じりのつむじ風を表現させたかった」と述懐している。船山さんのこのようなエスニック路線は、後に「魅せられて」「異邦人」等の成功に繋がっていく。

 

 今回この曲を改めてじっくり聴き直してみて、実にシンプルな作りであることに気づいた。パートは、Aパートとサビのパートしかない明快さ。そして両パートとも、筒美メロディーの特徴である、「歌い出しの部分に8分休符をおいて8分音符を7つ続ける符割り」(「さよならの挽歌」「女優」の相似 参照)のオンパレードである。そのシンプルな覚え易さと、エキゾチックな雰囲気とが相俟って、もちろん野口さんではなく庄野さんに歌わせたことも当たり、大ヒットに繋がったのであろう。

 

 そしてこの名曲を、宏美さんが10代最後の秋のコンサートでオープニングの「コパカバーナ」に続く2曲目で披露した。このコンサートは、例年に比べると洋楽カバーよりも邦楽のヒット曲の方が多く目立つ構成になっている。

 

 私は残念ながらこのコンサートに参加できていないので、残されたライブ盤から想像する。1曲目の「コパカバーナ」の最後の語りは、次のような言葉で締めくくられている。

「もう決して恋に落ちてはいけないーーーそんな言葉を残して終わる“コパカバーナ”は、きらめく都会のネオンの下で、飛んで行けないひとつの青春を描いていました」

 

 続けて、「飛んでイスタンブール」「この空を飛べたら」と“飛ぶ”というワードに因んだこの78年のヒット曲が2曲配されている。この後第2部のMCで、「随分とご挨拶が遅れてしまいましたが…」と言われていることを考え合わせると、第1部は確たるストーリーの台本があり、宏美さんの挨拶やお喋りの入るスキがなかったのではないかと想像するのだ。この辺り、事情にお詳しい先輩諸兄のフォローを期待したい。

 

 宏美さんのコンサートバージョンは、前田憲男さんによる編曲であるが、基本的に船山さんのものをなぞっていると考えられる。イントロでは、ブズーキのパートをストリングスとギター等で演奏している。30周年BOXの記載によれば、このコンサートのピアノは島健さんだそうで、だとするとイントロのスケールはハネケンさんならぬシマケンさんということか。キーは庄野さんより半音下のCマイナーである。

 

 宏美さんの歌唱はと言うと、デビュー以来慣れ親しんだ筒美メロディーということもあるのだろうか。気負いも力みもなく、持ち歌のようにスンナリこの曲を自分のものにして歌っているように聞こえる。各コーラス最後の「♪ 夜だけの〜〜 パラダイス」の「のー」の高音で伸ばすところも、あえてファルセットを使って柔らかく歌っている。

 

 

 また、この『ふたりのための愛の詩集』のジャケット写真の衣装について宏美さんは、「この頃はずっと同じヘアスタイルだったので、変化をつけるために、この緑色の帽子を被り全身タイツを着て、その上にフルーツをぶら下げた衣装を着ていたんですね。私はちょっと恥ずかしかったんですが、桜田淳子ちゃんがこの衣装を見て『私、あの衣装すごく着たかった〜!』って言ってましたよ」と振り返っている。この衣装はオープニング、つまりこの曲の歌唱時に着ていたのではないかと想像するのだが、実際はどうだったのであろうか。

 

 

 ちなみに、この歌のヒットでイスタンブールの知名度は飛躍的に上がったと言う。もっとも、歌のイメージとは違い、砂漠とは無縁のトルコ最大の都市である。私もそろそろ定年が視野に入ってきたが、楽しみにしている妻とのリタイア記念旅行の行き先候補最右翼に、トルコが挙がっている。最後に庄野さんの歌を聴きながら、イスタンブールに想いを馳せよう。

 

 

(1978.12.20 アルバム『ラブ・コンサート・パート2  ふたりのための愛の詩集』収録)