独立第2弾アルバム『cinéma』のA面5曲目に入っている、ロッカバラード調の名曲。作詞:松井五郎、作曲:中崎英也。イケイケ高飛車の女性像が多い松井さんの詞だが、この曲は珍しく、立ち止まり、自分を客観視して、戻れないと知りつつ10代の自分を懐かしむ歌である。

 

 宏美さんご自身も、『30TH ANNIVERSARY BOX』でも紙ジャケでも、この曲を「大好きな曲」としつつも、多くを語ってはいない。コンサートでも、シネマスコープと、3年後のツアーとでこの歌は取り上げられており、ファンにも強い印象を残した歌であることもまた間違いないであろう。

 

 「シンデレラ・ラッシュアワー」というタイトルの付け方も秀逸。週末の都会で夜を徹して遊び、化粧も崩れかけた若き女性たちの帰路に着く様子が目に浮かぶようだ。

 

 8分の6拍子(または12拍子)の淡々とした静かなイントロ(編曲:奥慶一)に始まる。「♪ 地下鉄のベンーチ〜」の歌い出しはビートが一旦止まり、「ン」の小節アタマからは一貫してキーボードが8分音符のリズムを刻む。Bメロの「♪ 名前も知らない〜」で再びビートが止まって変化があり、メロディアスなサビ「♪ ハートはいつから手こずりますか〜」で、宏美さんが歌い上げる。

 

 

 私も大好きな曲なのだが、リリース当初から、聴くたびに切なさで胸がキューッと苦しくなるのである。それは、2コーラス目の「♪ 鏡に時を教えられたの//あなたは何歳(いくつ)?/青いシャツが似合うわ」という歌詞が、心の奥深くまで刺さるのだ。そう、時は流れ、人は老いる、という単純明快な真理である。

 

 私は、宏美ファンになって間もなく地方の大学生になった。ヒットスタジオやベストテンも必ず誰か仲間の部屋で見て、今度の新曲はああだ、こうだと言い合う。レコードは親友のOの部屋でカセットにダビングし、部屋でも車の中でもヘビロテ。東京でコンサートがあれば出かける。留守宅では弟が宏美さんの出演番組を録画してくれており、帰省した際に楽しむ。そんな毎日だった。

 

 そんな日々が永遠に続くわけはないことは、もちろん頭では解っていたはずだ。だが、この歌を聴いた時に、初めて実感として理解したというか、ストンと落ちたのである。実際その時期には、すでに学生生活は終わり、仲間は全国に散り散りになっていた。自分もコンピュータ会社でSEをしていたし、宏美さんもこの前年事務所を独立していた。時は移ろい、皆少しずつ変わっていたのである。

 

 「♪ やりたいこともできなくなって/あのときめきをもう一度 」ーーーこれもこの「シンデレラ・ラッシュアワー」の歌詞である。自分もいつか、宏美さんの歌を聴かなくなり、過去の思い出としてしまうのかーーー。そう思うとたまらなかったのである。

 

 あれから35年ーーー。時は流れたが、変わらないことが二つある。宏美さんは幾多の苦難を乗り越え、歌い続けてくださっている。自分は当時のままの(或いはそれ以上の)熱量で、宏美さんを聴き、応援し続けている。他に何も望むものはない。

 

(1985.11.21 アルバム『cinéma』収録)