プノンペンからバスで約4時間、きれいなビーチが有名なシアヌークビルへ行ったのは23日。

着いたのが昼過ぎ。散策がてらビールへ行ってみると欧米人しかいない((((;゚Д゚))))))) わかってたんだ。
けど、つまらん。

写真も撮ってない(笑)

てことで、一泊しただけで移動しちゃいました。

今いるのは、タイとの国境のまちコーコン。
ここはいいとこです。
また記事アップします。



今カンボジアは首都プノンペンにいます。カンボジアはこれで3回目プノンペンは2回目です。本当に大好きな国で到着したときはなんだかほっとしました。

カンボジアといえば、アンコールワットやたくさんの遺跡があることで有名ですがその一方でたった40年前に非常に残虐的で悲惨な過去があります。そう、ポル・ポト政権。罪のない国民を大量に虐殺し、1975年から1979年までの4年間で国民の3分の1の命が奪われたらしいです。特に狙われたのが、知識人や技術者(ポル・ポト政権に対する反発の恐れがあるため?)で、子供も約2000人殺されたそうです。

そんなポル・ポトが収容所に使ったのが、このトゥールスレン。
$それいけ!ジャムおじさん!!

当時はS21(security office 21)という暗号があったらしいです。
$それいけ!ジャムおじさん!!
この建物はむかし学校として使われていたらしいのですが、無人になったこととプノンペンの中心に位置しているなどという理由でため収容所としたようです(1976年)。

そこへ、罪のない国民が強制的に連れて行かれ強制労働を強いられたり、拷問や処刑されたりして二度と出ることはできなかったようです。 また、余談ですがプノンペンの郊外に「キリング・フィールド」というところがあります。その名の通り(The killing fields)です。そこは、トーゥスレンでの処刑時の叫び声が響くこと、遺体を埋める場所がいっぱいになったという理由でそこに移されたらしい。(ウィキペディアより)

だいぶ、深いほうへと話が進んでしまいましたがトゥールスレン博物館は4つの棟からなっています。(入場料2USD)
入ってみると、教室がずらり。その中には当時を髣髴とさせる、ベッドや足かせ、簡易、いや粗末な収便器などが置かれています。
$それいけ!ジャムおじさん!!
また、別の教室では収容された人たちの収容当時の写真と一部の人の遺体となった状態の写真など本当に目を背けたくなるようなものばかりでした。人間のすることではなくこれがまさに「狂気の沙汰」というものなんだと思いました。

わたしの目を一番ひきつけたのがこの赤ん坊と一緒に移っている収容時の女性の写真。
$それいけ!ジャムおじさん!!
こんな小さな赤ん坊まで収容されたのです。自分の甥っ子と姪っ子と重なってしまい本当にやるせない、苦しい気持ちでした。

ベトナムのホーチミンでも戦争博物館に行って当時の生々しい写真を見て辛い気持ちになりましたが、このトゥールスレン博物館は当時使われていたそのままの場所を見ることができて、今にも収容されていた人たちの悲鳴とか叫び声が聞こえてきそうでした。

建物の中はひっそり静まり返っているのに、外では明るい太陽が照りつけ子供たちの声が聞こえてきていました。
それいけ!ジャムおじさん!!それいけ!ジャムおじさん!!それいけ!ジャムおじさん!!



それと同時に、当時の人たちはどういう気持ちでこの薄暗い階段を上り、どんな気持ちでこの通路から明るく眩しい外界を見つめていただろう、とふと考えてしまいました。


本当に、世界が平和であってほしいし二度とこんな悲しく辛く憤りを感じずにはいられないような事件は起こってほしくないと思いましたし、それと同時にこういった過去があったことを忘れてはいけないのだなと感じました。

カンボジアの人たちはわりといい人が多いです。この国でいやな思いをしたことはそんなにありません。
それがこの過去の事件と関係しているかどうかはわかりませんが、やっぱりこの国が大好きなのとこれからのますますの発展を祈らずにはいられません。

そして、ちょっと悲しい気持ちの帰り道、こんな場面に出くわしました。それいけ!ジャムおじさん!!
カンボジアに愛を!この子のおしりにはキスを!!
ただいまマレーシアはマラッカにおります。

ここに着くまでの珍道中を。

のんびりした雰囲気だったサモシール島を出たのが16日の昼。ボートで港町のパラパットまで戻ります。 そこから、バスでドゥマイという町まで移動するのですが、サモシール島に行く前にバス会社でドゥマイ行きのバスを予約していました。 180ルピア(約1800円弱)。高い!!って言ったら、「エアコン付きのグッドバスだからこれくらいするんだよ~、バスターミナルまでただで連れてくしさぁ。」うーん、まぁ夜行バスだし1泊分の宿代含まれてると思えばまぁいいかと思って予約しました。
で、当日バス会社に行ってみると、チケットを売ったおっさんが「おれちょっと行けなくなったから違うやつに連れてってもらって!気をつけてね!グッドラック!!」・・・。そのときはまだ、あーそうなのかぁって思ってていざバスターミナルに着いてみるとボッロボロのローカルバスが1台。。。わーやられたーーーーー!!このときすべてを悟りました。 だまされた・・・。 しかし不思議と怒りはなくただ、あららーすごいなこのバスって思えた自分がすごいな成長したなって思いました。
 とりあえず、ドゥマイまでは行ってくれるらしいのであとは野となれ、山となれ。
 バスはなぜかフロントガラスに金網というか鉄格子みたいのがはりめぐらされていて ナニ用?って感じ。車内はもちろんエアコンなし、シートはガタガタでもうローカルそのもの。これで14時間かぁ。。。途中雨が降ってきて雨漏りまでしてきた笑

バスは、いろんなところでいろんな荷物を積んだり下ろしたり、たくさんの人を拾ったりしながらのんびり走っていきます。もちろん誰も英語なんか話せないのでちょっと不安に。
 で夜中バスはどこかに停まり、バスの係りの人が私になにか聞いてきました。しかしまったく理解できないので「フェリー、フェリー!マレーシア!」って言ったら理解してくれたらしく、近くに停まっていたミニバンに乗り換えろと言われ、乗り換えると床にニワトリが・・・。うーん、ほんとにマレーシア行けるんだろうか・・・不安だ。
 ミニバンは走り始めて30分ぐらいたったところで、フェリー会社の前に到着。
あー、よかったー。
 フェリー会社に着いたのが朝方5時くらい。 フェリーは11時らしい。6時間・・・!

その間朝ごはんを食べたり、同じフェリーに乗るおばちゃんと片言の英語とインドネシア語(数字のみ)で話したりしながら過ごしました。
 で、そこからミニバスで港まで移動し、ようやく出国手続き。
私の番だ。パスポートを渡す。・・・ん?なにやらおかしいぞ。 係りの人に「着いてきて」って言われて個室に連れて行かれる。係りの人「オーバーステイしてますね、1日。」私「はっ!そんなはずないでしょ!ちゃんと数えてよ!」インドネシア人に対して、ジョグジャでの意味不明なうそ、バンドゥンのスリ未遂以来信用度はほぼ皆無だったためぜったい賄賂ほしさに言ってんだなーって思ってだいぶけんか腰でいったのにパソコンでパスポートのICカードをよみとってもらうとそこには「31days」。そうビザの有効日数は30日。数え間違えていたんです。そこで200000ルピア(約2000円弱)を支払ってようやく出国できました。あー、もったいなー。

 まぁ、それも経験。ほんと、インドネシアではいろいろ勉強になりました!改めてありがとう!インドネシア!

そんなこんなで、なんとかマレーシア・マラッカに着いたわけです。
マラッカは平和そのものです。 20日にクアラルンプールに移動して21日の早朝カンボジア・プノンペンに飛びます!

 どんどん、余裕が出てきているのが自分で実感できてます。 だから、いろんなものが楽しみです。