今カンボジアは首都プノンペンにいます。カンボジアはこれで3回目プノンペンは2回目です。本当に大好きな国で到着したときはなんだかほっとしました。
カンボジアといえば、アンコールワットやたくさんの遺跡があることで有名ですがその一方でたった40年前に非常に残虐的で悲惨な過去があります。そう、ポル・ポト政権。罪のない国民を大量に虐殺し、1975年から1979年までの4年間で国民の3分の1の命が奪われたらしいです。特に狙われたのが、知識人や技術者(ポル・ポト政権に対する反発の恐れがあるため?)で、子供も約2000人殺されたそうです。
そんなポル・ポトが収容所に使ったのが、このトゥールスレン。

当時はS21(security office 21)という暗号があったらしいです。

この建物はむかし学校として使われていたらしいのですが、無人になったこととプノンペンの中心に位置しているなどという理由でため収容所としたようです(1976年)。
そこへ、罪のない国民が強制的に連れて行かれ強制労働を強いられたり、拷問や処刑されたりして二度と出ることはできなかったようです。 また、余談ですがプノンペンの郊外に「キリング・フィールド」というところがあります。その名の通り(The killing fields)です。そこは、トーゥスレンでの処刑時の叫び声が響くこと、遺体を埋める場所がいっぱいになったという理由でそこに移されたらしい。(ウィキペディアより)
だいぶ、深いほうへと話が進んでしまいましたがトゥールスレン博物館は4つの棟からなっています。(入場料2USD)
入ってみると、教室がずらり。その中には当時を髣髴とさせる、ベッドや足かせ、簡易、いや粗末な収便器などが置かれています。

また、別の教室では収容された人たちの収容当時の写真と一部の人の遺体となった状態の写真など本当に目を背けたくなるようなものばかりでした。人間のすることではなくこれがまさに「狂気の沙汰」というものなんだと思いました。
わたしの目を一番ひきつけたのがこの赤ん坊と一緒に移っている収容時の女性の写真。

こんな小さな赤ん坊まで収容されたのです。自分の甥っ子と姪っ子と重なってしまい本当にやるせない、苦しい気持ちでした。
ベトナムのホーチミンでも戦争博物館に行って当時の生々しい写真を見て辛い気持ちになりましたが、このトゥールスレン博物館は当時使われていたそのままの場所を見ることができて、今にも収容されていた人たちの悲鳴とか叫び声が聞こえてきそうでした。
建物の中はひっそり静まり返っているのに、外では明るい太陽が照りつけ子供たちの声が聞こえてきていました。



それと同時に、当時の人たちはどういう気持ちでこの薄暗い階段を上り、どんな気持ちでこの通路から明るく眩しい外界を見つめていただろう、とふと考えてしまいました。
本当に、世界が平和であってほしいし二度とこんな悲しく辛く憤りを感じずにはいられないような事件は起こってほしくないと思いましたし、それと同時にこういった過去があったことを忘れてはいけないのだなと感じました。
カンボジアの人たちはわりといい人が多いです。この国でいやな思いをしたことはそんなにありません。
それがこの過去の事件と関係しているかどうかはわかりませんが、やっぱりこの国が大好きなのとこれからのますますの発展を祈らずにはいられません。
そして、ちょっと悲しい気持ちの帰り道、こんな場面に出くわしました。

カンボジアに愛を!この子のおしりにはキスを!!