『よしの冊子』14、天明8年(1788)3月26日よりの部分に、次のような川柳が挙げられている。
ふんどしが出でたで世の中しまるなり
その下に「是は西下の御事也と」という注がある。同年3月に老中となった松平定信は、かつて第9代将軍徳川家重(いえしげ)の親衛隊として西の丸に仕えたという、「西丸小姓」の経験があるので、このようにいうのである。身分の高い者や権力者を直接に言うのを憚って、遠まわしに表わす、いわば忌み言葉である。
本文に入って、先ず「ふんどし」だが、その内で、長さ1メートル程の小幅の布に紐を付けた物を「越中ふんどし」と言う。小倉藩の初代藩主である細川越中守忠興(ただおき。1563~1646)が始めた物という。ここでは、越中守である定信のことを暗にいうのである。一句は、定信が老中となって倹約奨励の改革政治を行い出したので、世の中が緊張し、締まり出した事をいうのである。
当時にあっては、「ふんどし」は、ぶらぶらしている睾丸を引き締めるための必需品だが、表向きにいうには憚られる言葉だ。下品な言葉といえば、いえる。そうした忌み憚るべき下品な語彙で、当時の最高権力者の改革政治という高い現象を皮肉る。下位の語彙と上位の現象の距離が大きければ大きいほど、皮肉と滑稽との効果が高まるのだ。
誰が作った川柳かは、分らないけれども、何と上手い作品ではありませんか。