德田武の「『金瓶梅』繡像読解」(一)は、該書の繡像(口絵)と本文との対応、あるいは非対応に就いての検討が該書の研究史に於いて余り為されていないのではないか、という問題意識のもと、崇禎版の『新刻繡像批評金瓶梅』の本文と、それに近接した時期に描かれた、王孝慈旧蔵の二百幅の絵とを対象として、両者の相即あるいは乖離を考えるものである。今回の原稿では、まだ第十回までの二十図に就いてしか述べていないが、既に徳田はある見通しを抱いている。しかし、その結果は次号でもっと検討を進めた上で表明したい。

 

 德田武の「古賀侗庵の病歴―『沈痾絶句』に見るー」は、慶応義塾大学斯道文庫に蔵せられる、侗庵の自筆稿本『沈痾絶句』に就いて、主に亡くなる前年の弘化三年の病状と心情とを、その絶句と説明文に就いて観察したものである。

絶句は七言で、すべて四十八首存するが、その全部を取り上げることは出来ないので、任意に選んで解釈を施した。説明文は、すべて取り上げ、解説を加えた。その結果、該書は記録性を備えた上に、自身の意識や心情を客観的に捕捉した自照文学の上々たるもの、と評価した。

 

小財陽平の「菅茶山「石図」」は、菅茶山が描く大石の図を紹介しつつ、その賛詩の分析を試みたもの。この賛詩には、少なくとも詩集版本・詩集草稿・書画軸という三種のバリアントが確認できる。茶山と福山藩との関係から、これら賛詩の字句の異同が生じた経緯、いわばその推敲過程について考察を加えた。すなわち、賛詩の改稿は、福山藩をはじめとする世俗とうまく折り合いをつけようとする茶山の妥協的態度を反映したものだと考えられるのである。

 

山本貴恵の「『後八犬傳』覚書―三木愛花による構想、田中従吾軒との関わり―」は、愛花による『八犬伝』の続作である『後八犬傳』に就いて、その成立の事情、構想等を調査し、考察したものである。『八犬伝』の最終回に里見家の衰滅への予言があったが、該作は、その予言を踏まえ、また里見氏と徳川氏が同じく新田氏から出でた(『日本外史』)という縁に基づいて、徳川氏の善政の樹立という構想が齎された、とする。更に愛花が田中従吾軒の門人であること、中国の『水滸伝』続作物の刺激なども成立の要因として挙げる。欲をいえば、該作が中絶した理由を更に深く探ってもらいたかった。