針ヶ谷夕雲先生は、心の師匠である白虎禅師より
「流儀でも流派でもなく、しいて言えば無住心剣術とでも言わんかな。」
という術理(と言って良いか?)の説明を受けています。
無住心とは、軽い言葉で言えば
「何かの執着などが無い状態」
でしょうか。
ここで太陽の話。
太陽は光を象徴した存在です。
つまり善か? 悪か?と聞かれれば
善と答えてしまいがちな存在です。
もし24時間365日、常に太陽が照り付けていたらどうなるでしょうか?
ヒトは太陽光をエネルギーに変えて生き延びるでしょう。
家畜や農作物も同様に管理下において生存できるでしょう。
しかし
人の管理から離れた動植物は皆死に絶えます。
もしかしたら数%の動植物は生き残るかもしれませんが
昼夜の環境の時に比べると、生存できる種や数は限られます。
光は善か?
闇は悪か?
これらの答えは、”自身の立場に執着”している限りは
出てくることは有りません。
自身の立場に執着をするため、何かの事象に対し
白黒をつけててしまうのです。
執着の一例として
「俺がこう思うから こうあるべき。」