そしられない人間などいない | 仏光さんの心の相談室

そしられない人間などいない

お釈迦さまは2500年前にこのように言っておられます。「話せばそしられ、黙っていてもそしられ、およそこの世にそしられない者などいない」

私のところに学校の先生で、極度の心身症で来られた方がいます。お話を聞いているうちにその人が一番気にしていたのは、ある人からの非難の声でした。「自分はこれだけ一生懸命やっているのに、なぜこのように非難されなければならないのか!」それがどうも悩みの根源みたいです。


私はその時に、このお釈迦様の話しを聞かせてあげました。その人ははっと気がついたみたいに目を見開いて、涙をぽろぽろ流されました。お釈迦様でも当時のインドの社会ではそしられたり、非難されたりしてきたのです。ましてや、我々がそしられる事があっても、それは当たり前と言えるでしょう。


そしったり、非難したりする人は、自分がその人をそしる事により、相手に気分を害して欲しいわけです。また、ちょっと自分が相手より分かったつもりでそしっている訳ですから、そしる事によってその場の優越感が得たい訳ですね。まあ、その程度の人間しか人をそしったりはしませんから。お釈迦さまが人をそしった。イエスキリストが人をそしった。達磨大師が人をそしった。そんなことはありません。ちゃんとした人間は人をそしったりしません。


しかし、よくこんなに世の中には人の悪口や人が気分を害する事をする奴の多い事か。全く、御苦労さんな話ですね。そんな事をしている暇があれば、ちょっとは自分の心を豊かにするような事をしたらいいのに。


しかし、その程度の人間は世の中にいっぱいいるわけです。では、その類の人間にどのように対処するかですが、要するにそしる人は相手に気分を害して欲しくて、また、貴方に落ち込んで欲しいわけです。そうすることにより自分が分かったつもりでちょっとした優越感を得たいのですから、そのような類の人間のたわごとは完全に自分から抹殺したら良いのです。全く気にもかけない。相手はそしる事によりあなたに気分を害して気にかけて欲しいのです。だから完全に相手の言葉を自分から抹殺するのですね。


その程度の人間のたわごとで貴方が気分を害することはありません。人生の時間がもったいないですから。決して怒ったりしてそんな相手とやり合わない事です。

先に話した学校の先生はみるみる心身ともに元気になって職場で家庭で張り切っておられます。本当に嬉しい事です。


合掌


仏光


人気ブログランキング参加中。クリックをお願いします↓

禅僧 仏光さんの心の相談室-バナーブログランキング


ブログ村ランキング参加中。こちらもクリックをお願いします↓

禅僧 仏光さんの心の相談室-バナーブログ村