最近、音楽以外の記事が多いので
合奏中に気になった事をシェアしておきますね。



ヨーロッパで大きく育まれた
クラシック音楽が
いまこの日本に入ってきている
というわけなのですが



そもそも


日本のクラシック音楽黎明期に
日本語に訳された時
必ずしも、
意味が
正しく訳されていた、、とは
言いきれない
ってコト
忘れちゃいけない。


びっくりだろうけど
音楽って感覚のものが大きいし、
楽譜に書き切れるものではない。



特に、外国のものって丸覚え感覚があるけれど、
日本風の言い回しにされて 
100年も経った今もまだ そのままのものも多い。




和訳の難しさはもちろんのこと、
その時代時代で
その表記の意味が変わっていったり、

作曲家のクセや 
求められているものによっても
意味が変わってくる。


そもそも、
気候も湿度も違う。
使う言語が違う。
骨格が違う。
演奏していた建物の構造も違う。。。

ということも
ベースであったりするわけです。





日本語だって
30年前にはチョー(超)◯◯なんて言い方は
ほとんどしなかった。
言っても、今と意味が違った。
カワイイ、やばい、なんていうのも
当初の使い方と違う意味で
使われているようになっている。
それと同じような事。
30年というスパンで見てもそういうこと。





例えば、モーツァルトの作品でも

スタッカートはよく出てくる。

日本語では教科書で
「その音を短く」とか
「音価の半分」とか学びますね。

だけど、ですね。
そもそもの前提が抜けているんですよね。




わかりやすいところで
どんな場所で演奏されていたか、から
考えてみてほしい。
小部屋でも天井が高くてけっこう響くんです。

だとしたら、
演奏法が変わってくるでしょう?


日本人の私たちに必要な解釈として
くれぐれも、
スタカットでは
「響きを残す」ということを
忘れてはいけないと考えています。


そういう感覚的なことは
口伝でないと伝わりにくいこと。

理論ではそう学んだとしても
必ずしも通り一遍ではない。





こういうことは
音楽の記号の意味に留まらず
「丸覚えしたらいい」と、
考えなくなってしまった日本人
けっこうな課題であると
思っています。

 


楽譜に書いていないことも 
考えて、
感じて、
読み取っていきましょう。





下差し絶賛練習中です下差し





 
 

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<永尾敬子 プロフィール> 

 

ホルン奏者・音叉ヒーラー

 

 

1990年よりホルンをはじめ、管楽器の指導、            

アンサンブル、合奏の指導。

渡独後、結婚し育児経験しつつ活動を再開。

2013年より指揮者としても活動中

明るく親しみやすいやさしい人柄で、

ハードルがあがりがちなクラシック音楽を

様々な世代に広めるため、

草の根運動的に活動している。

 

1999年より現代レイキ系のレイキヒーラー

チューニングツールで行う「音叉ヒーリング」も

ご好評いただいています。

 

 

 

 

           

 

 
 
 
 
 
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