こんばんは。
武吉です。
「昔アメリカでやった心理実験で、間違ったことを自信満々でいう人と、すごくオドオドしながら正しいことを言う人と、どちらを信じるかっていうと、自信満々に間違った人を信じるんです」(abemaのひろゆきさんの発言)
最初に誤解の無いように言いますが、ひろゆきさんの書いた本の紹介じゃないです。
ゲーリー・ジェニングズさんという人の書いた本が、ひろゆきさんの発言と、私の中でリンクしただけです。
今回は漫画じゃなくて、学生の頃に読んだ文庫本の話です。
「魔術」というもの、魔術と呼ばれなくてもオカルトな論法で、人は如何に騙されて歴史が紡がれてきたか、ということを書いた本で、歴史好きにはかなり面白い本です。
ひろゆきさんがabemaで言ったこの発言が、結構、僕にはツボでして、最近、一緒に仕事をしている人に、まさにそんな人がいるんですよね。
で、オドオドした人を間違いなくかまう。という。
オドオドしててマウント取りやすくて、相手がそこそこ叩い甲斐のある「頭の良い人」だと、好物になるんでしょうね。
ですが、昔の若い頃はハッタリ力で上手くいってたんでしょうが、オドオドした人と近い立場の私から見ると、その偉い人は勘違い野郎です。
それで上手くいっていた、若い頃と同じ感覚で仕事しているから、…。うん。
僕から見たら醜態です。
てなことが、最近、仕事の中であって、
オカルトで人を騙して、権力を握ってきた人々を描いたこの本を思い出しました。
この本で最初に語るのは、原始時代の占い師のことで、
彼ら、彼女らが本当に自分の占いを信じていたら、失敗して村人たちに殺されていた。
彼らが権力を握ったのは、自分が言う神の力なんか信じてなく、失敗しても失敗していないように魅せるリカバリー力だ、
というような下りからはじまるのですよ。
あー、原始人、単純。
とか思うのですけど、現代人も情報が少なくて、単純ですよ。
と、最初のひろゆき氏の引用を聞くと、思うのですよ。
だって、自分のビジネスの世界で起こっていることだもの。
現代で生きていると、魔女裁判とか動物裁判とか、馬鹿なの?と思いますけど、
じゃあ、仕事仲間が理不尽にパワハラを受けていて、「ダウト!」とその場で言える判断力がある人は、なかなかいないと思います。
それ、違うでしょ!と思えない(後で考えると、何故気づかなかった?)ことがほとんどだと、私は思います。
この本は、オカルトを権威にする「詐欺師」が人々を騙してきた歴史を語る本です。
錬金術師も出てきます。彼らは、詐欺師ではなくて、宗教に束縛されて自分の研究を分かりやすく語れなかった、暗号を後世に残した科学者として描かれています。
魔女裁判も出てきます。
この本の一番の悪役は、中世のキリスト協会権力です。
で、最後に「13」という数字が世界中で何故不吉なのかという謎解きをして、オカルトの薄っぺらさを笑って終わるという手法で締めています。
この本が面白いと思ったのは、内容もそうなんですが、挿絵に当時の資料をたくさん入れています。
あとがきを読んで初めて知ったのですが、翻訳前の原書には、その挿絵や資料イラストは無かったそうです。
イラストや資料、かなり印象的な本でしたが。
とりとめもなく書きましたが、面白い本でしたよ!
で、締めるのがきれいなんですが、
今でも、稚拙かつ効果的に詐欺師をやっている奴らが世の中にいる、っていうのが僕の言いたかったことなので、僕らは(僕は)どうやって生きるのか?と言うのを最後に提言します。
僕は、「ダウト!」って言うべきだと思っていて、言う時は勝たなきゃいけないと思います。
でも、そのためには準備が必要です。
そして、言った後に損をしないくらいの準備が必要です。
「そんなことをするのは、損しかしないじゃないか。黙っておいた方がサラリーマンは得だよ」と思う方は、スルーしてください。
別にスルーして、かっこ悪くないです。
無駄に波風立てる方が、迷惑です。周りにも。
けれど、「ダウト」って言わなきゃいけない時があると、僕は思っています。