さてさて…
我が子秀頼を上洛させることに猛反対の茶々(ちゃちゃ)こと淀殿(よどどの)を説得すべく奔走したのが
加藤清正(かとうきよまさ)と浅野幸長(あさのよしなが)の二人であったことは、既にお話致しました
清正の出自ですが、彼の母親と豊臣秀吉の生母大政所仲(おおまんどころなか)が、従妹同士で、即ち清正と秀吉は母方の又従兄弟という関係にありました
同じく、豊臣恩顧の双璧であった福島正則(ふくしままさのり)も、秀吉の父方の親戚にあたり、両者は秀吉と大変親しい関係に
あったのです
譜代の家臣がいなかった秀吉にとって、身内に連なる彼等は信頼に足る存在であり、彼と正妻高台院(こうだいいん)は早くから
彼等を召し抱えて、薫陶を施していたのです
そういう関係からも、清正・正則の豊臣家に対する忠誠心は、他の恩顧の武将達のそれを凌駕しており、彼等は豊臣家中の武断派の最右翼として重きを占め、石田三成(いしだみつなり)を筆頭とする文治派との抗争の終局となった関ヶ原合戦でも、豊臣家を
守護するという目的のもと、五大老筆頭の徳川家康に合力したのです
いま一人の浅野幸長は、彼の父親である長政(ながまさ)が、高台院の妹を正妻としており、幸長はその間に生まれた長男でした
即ち、長政と秀吉は相婿(あいむこ)の関係にあり、彼も秀吉が信頼を寄せる数少ない身内の家臣でした
なお、五大老筆頭が家康であるのに対して、五奉行(ごぶぎょう)筆頭は長政であり、その息子幸長も豊臣恩顧の重鎮であった父の地位を引き継いでいたのです
関ヶ原大戦で東軍に付いた彼等は、戦後の論功行賞により、それぞれ肥後(ひご)、紀伊(きい)の国持大名へと栄進したのですが、一方で武家の頂点に立つ征夷大将軍の命令により、天下普請(てんかぶしん)等の役目をも務めていました
更に、既に大御所(おおごしょ)となっていた家康は、豊臣恩顧の武将の有力者であった清正と長政を自陣営に引き入れるべく、
政略結婚を仕掛けていました
浅野幸長の方には、これより以前に、彼の娘である春姫(はるひめ)を家康九男義直(よしなお)の正室に迎える約束を取り付けていました
一方の清正ですが、関ヶ原合戦以前に、家康は生母於大の方の異母弟(家康の叔父)である水野忠重(みずのただしげ)の娘を養女にして、清正の継室として嫁がせていました
清正夫婦の間には娘が一人生まれたのですが、この娘を家康の十男頼宣(よりのぶ)の正妻に迎える約束が既に整っていたのです
端的に言えば、清正も幸長も、徳川家の婚姻ネットワークに組み込まれていた訳です
彼等にしてみれば徳川家との関係構築は避けては通れないことであったのですが、同時に主君である豊臣家への忠誠も疎かにすることは出来ず、云わば微妙な立ち位置にあったとも言えますね
取り分け、恩顧武将最右翼であった清正の心の葛藤は相当なものであったと推測されますが、育ての母として慕って止まない
高台院が豊臣家の存族を何より願っていることを、彼は十分過ぎる程理解しており
それ故に此度の家康から秀頼に対する会見要請については…
①今回大御所(家康)の上洛要請に応じなければ、豊臣と徳川の関係は戦へと発展する可能性が極めて高い
②豊臣家の存続を図るには、ここが運命の分かれ道になる
③既に大御所も六十九歳という高齢に達しており、今回会見に応じることで、事を穏便に済ませることが出来れば、老い先短い
大御所が亡くなれば、秀頼様が天下人になる機会が訪れるかもしれない
恐らく、清正(幸長も正則も)は上記の様に考えていたのかもしれず、そうした状況を踏まえて淀殿を始め、大坂城の豊臣家臣達を説得したと思われます
因みに、上記最後の③について、清正が本当にそう考えていたのか
史料等、確たる証拠はないのですが…
当時の豊臣家首脳部には、家康の寿命がそれ程長くはないことを認識していた筈で、それが対徳川外交における政策選択の基準になっていたと思われ、清正もそうした認識を共有していたかもしれません
何れにしても、清正と幸長の説得が功を奏し、遂に淀殿も秀頼の上洛と二条城での家康との会見を承諾したのです
(勿論、上洛する秀頼の護衛の任は、清正と幸長が一命を賭けて果たすことを誓ったのは申すまでもありませんね
)
次回は会見の様子についてお話致します