3.11。

8年前、東日本大震災が発生した日です。

 

筆者が述べるまでもなく、これまでも、これからも、何より今日は、日本中・世界中で、

被災地や被災者、災害に対する様々な想いが巡っていることでしょう。

 

筆者個人の体験談ではありますが…。

後に「東日本大震災」と名付けられた未曾有の地震・津波が発生したあの日、筆者は神奈川県に住み、

地震発生のまさにその瞬間は、多層階の駅ビルに入居する書店での勤務中でした。

これまでに経験したことのない大きな揺れに、書棚からは書籍が飛び落ち、

お客さまも従業員も恐怖の声を上げます。

被災地からは遠く離れた神奈川県でさえこの状況、当の被災地の混乱は、

テレビで報道された光景以上のものだったであろうことは、想像に難くありません。

 

本来ならばバスと電車(鉄道)を乗り継いでの帰路、停電によって電車が動かないだけでなく、

信号や街頭も消え、臨時運行のバスと徒歩で、なんとかひとり暮らしのアパートへ帰宅しました。

やはり電気の点かない部屋、断水、散乱した食器を確認し、連絡のとれていない、近所の実家へと向かいました。

幸い、家族は全員無事で、実家のライフラインは(電話を除き)復旧していました。

 

ここまで言葉を綴りましたが、「幸い」とはいかなかった方々を想うと、キーボードを打つ手が止まりがちになってきました…。

 

東日本大震災以前にも、筆者が記憶している阪神・淡路大震災、

最近では、想像もしなかった北海道を始め、日本各地を襲った台風、そして人災…。

それらを機に得た教訓はありますが、失われたものがあまりにも多すぎます。

 

一人ひとり、そして筆者自身にできること、できないことはあります。何かにつけ賛否両論もあります。

ただ、「想う」「考える」ことだけは決して止めたくないと、気持ちをあらたにする、3.11の昼下がりです。