「与那国島の海底遺跡は1992年より、琉球大学理学部・木村政昭教授(写真)を中心にして綿密な調査が行われました。

木村教授は当初、海域がまだ陸であったと推測される1万~13千年前の遺跡と考えましたが、現在では2,0003,000年前に造られた遺跡であるとの見解を示しています。

2,000~3,000年前の日本は、縄文時代から弥生時代に移行する端境期に当たります。

この説だと、世界最古の巨石遺跡ということにはなりませんが、遺跡の規模の大きさを考えると、やはり古代史の見直しが迫られることになります。考古学の常識では、縄文~弥生時代の人々が、このような巨石遺跡を造る技術を持っていたとは考えられないからです。

もちろん、自然造形説を唱えている学者も多いので、遺跡であるとは限りません。あるいは、もともとあった自然の造形物に、人間が手を加えて造ったという見解もあります。

遺跡かどうかは科学的に調査すれば、すぐに判明すると思うかもしれません。しかし、有機物を含まない石などは年代測定が難しいという事情があります。」

画像(神殿のメインテラス)と引用:『与那国島の海底遺跡は、本当に古代遺跡か? 陸上に人面岩も存在した!』2017.10.24 updated

https://machiukezoo.biz/archives/9342

 

★「捕鯨をめぐる様々な騒動で、もっとも振り回されたのは、伝統的に地元で捕鯨を営んできた漁師であり地域住民だろう。反捕鯨団体による時に暴力的な活動の標的となり、映像に撮られて世界中に「野蛮な民族」として晒され、理不尽な思いを味わったことは想像に難くない。」

「商業捕鯨再開」欧米の日本バッシングはなぜ盛り上がらなかったのか そもそも、捕鯨を取り巻く状況は厳しい』松岡 久蔵 (2019/07/05)

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65701

 

★『グリーンピースと云えば、すぐに過激な捕鯨反対運動を思い浮かべますが、捕鯨船に体当たりしているのはシーシェパードという別の組織で、関係ありませんでした。グリーンピースの基本は非暴力活動ですから、船で体当たりなどと云う暴力的な行為はしません。

『最近のグリーンピースの活動がとてもいい』投稿日 : 2014年9月22日 最終更新日時 : 2017年6月15日 

https://noc-cotton.org/noc-column/最近のグリーンピースの活動がとてもいい

 

★「2006年1月8日、南極海において捕鯨問題をめぐって対立している日本鯨類研究所とグリーンピースとの間で問題が起こった。鯨類研究所の調査捕鯨の実施と、それに対するグリーンピースの抗議行動である。調査捕鯨母船『日新丸』とグリーンピースのキャンペーン船『アークティック・サンライズ』の接触事故?があった。」

調査捕鯨に妨害行為 「環境保護」か「環境テロ」か?』(2008/02/13)

http://sciencejournal.livedoor.biz/archives/929617.html

 

★「グリーンピースのキャンペーンは、『鯨を救おう!』運動に似て、オープンで自然発生的にさえ見える事がある。 しかし実際には入念に計画されたものである。 キャンペーンはまず、組織化された調査員たちが、政府の役人、トラックの運転手、グリーンピースの環境汚染反対運動の標的になっている企業に勤めながらもグリーンピースに同調する社員などから情報を集める事により始まる。 

内情に明るいある人物の話では、情報の収集にはチューリッヒにある秘密の基地まで関わっているとの事だが、この点をマッティ・ウオリは否定している。

 いずれにしても、次の事だけははっきりしている。 すなわち、グリーンピースは自らの連絡網によって自警団に変身したのである。 自警団というのは、環境破壊防止法が施行されるよう常に警戒を怠らず、政府の施行者たちのやり方がなまぬるいと判断した場合には、自らが裁判官と陪審員の役目まで果たすという意味である。 この事実が一般には理解されていない事は、驚くにはあたらない。 グリーンピースに同調する某新聞は、いつも彼らの味方をしてきた。」

引用:『グリーンピースのあまり平和的でない世界』(米「Forbes」誌, 1991年11月号からの翻訳)

Leslie Spencer、Jan Bollwerk、Richard C. Morais 

http://luna.pos.to/whale/jpn_green.html

「30年前の1989年6月4日に中国の北京で起こった天安門事件の際、日本大使館で情報収集を統括した防衛駐在官が詳細なメモを残していることが分かった。民主化を求める学生を応援し、人民解放軍に抵抗した「勇気ある市民」やその市民に一斉発砲する兵士、血まみれで倒れる女性の姿など「流血の北京」が克明に記されている。当時の防衛駐在官がどう情報を集め、事件をどう認識したかを示す貴重な記録だ。」

 

 

画像(中国・天安門事件で、人民解放軍の戦車に立ちはだかる男性。「タンクマン」(戦車男)と呼ばれ、軍への抵抗の象徴となった。=1989年6月、北京(ロイター時事))

と引用:『30年前の天安門事件、「流血の北京」克明に=抵抗市民に発砲-防衛駐在官メモ』時事通信 (2019/05/29)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019052800761&g=int&utm_source=jijicom&utm_medium=referral&utm_campaign=jijicom_auto_aja

 

『防衛駐在官メモが語る「六四天安門事件」~「勇気ある市民」流血の記録~』(上)時事通信 (2019/06/16)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019061400840&g=int

 

『防衛駐在官メモが語る「六四天安門事件」~「勇気ある市民」流血の記録~』(中)同上

https://www.jiji.com/jc/v4?id=20190607-Tiananmen20001

 

『防衛駐在官メモが語る「六四天安門事件」~「勇気ある市民」流血の記録~』(下)同上

https://www.jiji.com/jc/v4?id=20190607-Tiananmen30001