幾ら何でも。



誰だって大変なときは大変だし疲れてるときは顔に出るし苦しいときには冷や汗だって出るさ。

楽しいときに笑うように、哀しいときに涙するように、切ないときにシュンとしたり、叱られたときには真面目になったり、バカにされたら見返してやりたくなるし、もうどうでも良いやと諦めたくなったり、

そんなことは日常にありふれていて溢れていて何処にだってある。

何処かには在るだろう。


そうそう、さっき『楽しいときに笑うように』って言ったけど楽しいとき限定って訳でもない。



大変なときは大変過ぎて笑っちゃうし、疲れてるときにこそ歯食いしばって笑ってやるし、苦しいときには冷や汗かきながら笑うことだってある。

涙するときも然り。
切ないときも諦めたときも…

どんな状況下だろうと必ずあるはずだ。
例えそうだとしても。



久々の更新であれは無いだろう。

実話だろうと寓話だろうと逸話だろうとどれでも良いが余り感心は出来ないな。

何の脈絡も布石もフラグも在ったもんじゃない。


ちっく反省。
ある日。



とある日、駅のホームの中で出発ギリギリの電車に駆け込んだ。

間に合わないと思ったがやるだけやってみた。

だって、これを逃すとあと10分以上待つことになってしまうから。

待つのは嫌いじゃないが乗れるなら乗りたいさ。

リスクはある。



別にこれを逃すと遅刻する、なんてことはない。

いつも時間には余裕をもって動いているから。


そんなことじゃない。

ギリギリで駆け込んで目の前で扉が閉まったときの恥ずかしさったら目も当てられない。

そんなリスク、僕には背負えない。

でもその日は何となく走った。

普段の感覚なら間に合うと確証が有ったからだ。

そして予想通り間に合った。

車内に入ると同時にブザーがなり扉が閉まった。


チラチラ周りに視られるも気にしなかった。

乗っていればその内僕の事なんて気にする人は居ないと解っていたから。

それでもやけに視線を感じる。


向かいの扉付近の女子高生もすぐ横にいるOLさんも。

何だろう?


まさか、

モテ気?

参ったな。




…な訳ないな。

まさか?!

社会の窓…?



って閉まってるよ。



さぁ一体何故みんなにチラチラされたのでしょう?