空港好き、飛行機好きを公言する私だけれど
飛行機に乗るとやはり離陸して上昇する間と着陸の時は一瞬の緊張が走ります
離陸して海の上を大きく旋回する時なんて正直少しドキドキしてます
29年前の昨日のこと
当時は当然まだ携帯やスマホもなく
会社は普通のパソコンはなく、専用の端末を使う業種だったし、車通勤でもなかったからラジオを聞くこともなく家に帰るまでそのことは何も知らず
帰ったら
日本航空の飛行機が・・・・という大変な事態に・・・・
テレビからずっと流れていた何百名もの乗客乗員名簿
確定しない墜落場所
暑い中での上野村の様子
ヘリに引き上げられる様子
まさに固唾を呑んで見守ってた
当時の報道は今でもはっきり覚えているし
その後、山崎豊子さんの沈まぬ太陽はもちろん、墜落遺体等、関連書籍もかなり読んだ
そして最近
実はあの123便のすぐ後に飛び立った飛行機に乗務していたという元CAの友人から話を聞く機会があって、 ああ~、そうだよねそうだよね
あの日、時刻を前後して離陸した飛行機も沢山いたんだよね
しかし
まさかその場にいた人の話を今になって聞くとは思わなかった・・・
お盆前の羽田は大変な混雑
自分達の飛行機が先にランプアウトしたのだけれど、123便が先に誘導され
「やっぱりJALよね~」「ホントいやよね~」などと皆で軽口を叩きながら離陸を待っていたという
まさかその後、あんなことが起こるなんて夢にも思わずに・・・
123便が離陸し、自分達の飛行機も離陸
順調に飛行を続けているとコクピットから緊急信号が送られたとCAにコールがあり、何か事故が起こったことを知ったそうだ
無いとは思うが、もし万が一乗客が何らかの方法で事故を知った場合のパニックを頭に入れておくようにとのことだったという
何が起こったのか不安を抱えて飛行機が目的の空港に着いた時には、123便は御巣鷹に墜落しており、
「空港内の人達も自分達も泣いて泣いて・・・折り返しの羽田行でも乗客が沢山泣いていて本当に乗っているのがつらくて仕方なかった。勤務を終えて家に帰ると両親が飛び出してきた」
「翌日の乗務では、先輩が、配った機内食の箱を無言で投げつけられたし、付き合っている恋人からCAをやめてくれと言われる同僚もいたし、あの事故は自分達にとっても本当に大きかった」
「私達の乗ってるものは地面がないんだな・・って何か改めて思ったんだよね・・・」
その後、白い箱を胸に抱いて乗ってくる方を見かけると「もしかして・・」と胸が締め付けられる思いがしたそうだ
あのブラックボックスのコクピットの会話や客室の様子、CAさんの指示する声
私達でも聞いているとつらくて涙が出てくるけれど
自分達の目の前で離陸して行った123便
同じ空を飛ぶ立場の人間が感じる思いは私達が感じる以上のものがあるだろうと思う
空港で離陸する飛行機を見ると無事に行ってらっしゃいと思うし
着陸を見ると、無事到着したね・・と思う
最近又飛行機事故が多発している
原因は様々だけれど、空港や飛行機が好きだから
どうか、あんな悲しい事故が起こりませんようにと願うばかりだ
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