本日は父の命日でした。
2020年3月10日。
父は大動脈解離で、突然この世を去りました。
おそらく激痛の中、自ら電話をして救急車を呼び、搬送されたと聞いています。
けれど、帰らぬ人となりました。
その日も、ボランティア活動をして元気だったと、後から父の友人に伺いました。
予兆もなく、あまりにも突然の別れでした。
2005年に母を見送った時も、突然の別れでした。
私の人生には、両親との突然の別れがありました。
けれど、年月を経るほどに思うのは、人は亡くなって終わるのではなく、その人が生きた姿勢や、与えてくれたものが、残された者の中で生き続けるのだということです。
父は、寡黙で、真面目一徹の人でした。
自分のことは後回しにして、家族を支え、地域のために動き、黙々と責任を果たす人でした。
武道もたしなみ、強く、頼り甲斐のある父でした。
子どもの頃の私にとっては、厳しく、怖い存在でもありました。
怒られると、家の外に出され犬小屋でコロと寝たこともあります。
友達が、私のおもちゃを壊して喧嘩になっても、なぜか怒られるのはいつも私でした。
けれどその一方で、スケートやスキー、キャッチボール、アスレチックにもよく連れて行ってくれました。
動物好きだった私と、毎週「野生の王国」を一緒に観ていたことも、今では懐かしく、温かい記憶です。
父が亡くなった時、私は初めて喪主を務めました。
父の携帯電話に登録されていた番号へ、一つ一つ連絡をしていく中で、私はそれまで知らなかった父の姿に数多く出会うことになりました。
ボランティア活動に尽くしていたこと。
職場で実直に信頼を積み重ねていたこと。
自分を語るよりも、為すべきことを為す人だったこと。
多くの方のお話を通じて、父という存在が私の中であらためて再構築され、その存在は、以前よりむしろ大きくなったように感じました。
振り返れば、今の私につながるご縁も、経験も、機会も、さかのぼれば父がいてくれたからこそ、と思えることばかりです。
父が応援してくれていた武楽の活動も、
少しずつ、しかし確かに、広がりを見せています。
最近では、Intel connection 2026にてAI PCとの融合した演武をお届けする機会や、オマーンでのTOYOTA50周年記念式典で演武を披露し、現地のミュージシャン(兵士)との文化交流の機会もいただきました。
日本の美や精神性を、国や文化を越えて届けていく歩みもまた、自分ひとりの力で成り立っているのではなく、父や母、そして先人たちから受け取ってきたものの延長線上にあるのだと感じています。
大きすぎる恩を返し切ることはできません。
けれど、だからこそ思います。
父がそうであったように、
自分のためだけでなく、人のため、世の中のために生きること。
目の前のことを地道に、正直に、誠実に積み重ねていくこと。
そして、自分に与えられた使命を少しでも大きく世の中に役立てていくこと。
それが、私にできる恩返しなのだと思います。
父があの世で少しでも喜んでくれるように。
恥じない歩みを重ねていけるように。
これからも、一歩一歩、精進してまいります。




























