(旧ブログから過去記事引っ越し中<(_ _)>)
斎藤元司くん(清河八郎)
5月2日の旅程の続きです。
・・・手向(とうげ)村を過ぎ、松根・・・・
の、辺りを辿ってみたいと思います。
六十里越街道の(庄内からの)始点は
時代によっていろいろ説があるようです。
通説は松根とか大網とかになっているようです。
(私は鶴岡城下からだと思いたいw)
手向(とうげ)から松根までは多分、
間違いのない大きな街道を行ったのでは思います。
今の県道44号線がそうだと思います。
44号線が六十里越街道と一部重なるので。
ちなみに藤沢周平さんも『回天の門』で
六十里越街道と並行する赤川の東岸の村々を辿って
大網の関所に出るつもりだった、と書いていらっしゃいます。
梵字川とは今の赤川のことです。
弘法大師の逸話により、梵字川と呼ばれていました。
梵字川東岸w 松根側から撮りました。 撮影 昨日^^;
松根地区。六十里越街道と重なる道らしい。右は最上院。
最上義光と関連もある場所です。
このあたりから街道は山の方へ左折するらしいのですが
春になったら確かめようと思います。今は雪で無理。
地図には月山の文字が出てきます。
この辺ももう山麓なのでしょうね。
ここで、私事m(_ _)m
六十里越街道はルーツに絡むと書きましたが
父方祖母の親が松根から来た人でした。
街道ですれ違ったかもしれません!
だったらいいな~(笑)
私事、おわりm(_ _)m
つづく


