メッセージは自立 | 遊覧記など...

遊覧記など...

主には出かけた場所の記録と整理の為に。時々独白&妄想要注意(笑)
※現在、旧ブログたちwからも終活兼ねて転記作業中

このたび、8年目にしてようやくわかったことがあった。

それは自立がどういうものであるかということ。

 

一番の功労者は亡き愛犬。ほっかむりの愛犬(笑)

実は初観音の日にサインをくれてた。

 

寺から戻り、撮ってきた写真の確認していたとき、

黒っぽい画像になにか白いものがうっすらと

写っているのを見つけた。

仁王門をくぐったあとらしいがシャッター切った憶えはない。

 

なんか愛犬の顔に似てるなとちらっと思った。

私を下から見上げている顔に似ていた。

気になったので友人に画像をみてもらったら

「ほっかむり」

「ワンコじゃない?」

「会いに来てくれたんだね」と。

 

やっぱり!と、嬉しかった!!

きっとブログで書いたからかなと思った。

・・・が、もっと深い意味があったのだ。

 

今思えば、私がここのところいろいろ悶々としていた

スッキリしないものをいよいよ卒業しろという

メッセージだった(と、思うw)

 

「自立」というメッセージが沢山届いた時期がある。

 

実はその言い出しっぺwも亡き愛犬だった。

 

愛犬が亡くなってすぐ、地元のちょっと不思議な友人wに

「私はいい飼い主だったろうか、今、どんな風に思ってるだろうか」

と、訊いたことがあった。いろいろ後悔もあったから。。

 

すると、「うん、なんか自立、自立、って浮かんでくるんだよね」

と、友人が言った。

 

でも当時の私には一般的な「自立」の意味しか浮かばず

あまり深く考えなかった。

経済的な自立かなくらいにしか思えなかったアホです。

 

しかし、同じ頃、まるで示し合わせたかのように

知人、友人たちの口を使って、「自立」 という言葉が

私に届くことが続き不思議だった。

終いには亡き兄からもある人を通して「自立」ワードを

聞いたときにはほんとにおどろいた。

 

そして、その日から、「自立」とは?という

自分への問いかけが始まった。

 

そして、そんな問いかけの事などすっかり忘れてた

今年の初観音の日の夜、良い日だったにかかわらず

犬が会いに来てくれた嬉しい日だったにもかかわらず

しつこくモヤモヤする思いを前にして、寝る前に、

これはこのままにしてはいけない!神仏に嘘はつけない!

このモヤモヤはきっと大事なこと!きっと探し出す!

と、メモに書いて寝た。

 

翌日、郊外の友人の所へ髪を切りに行った。

深いドロドロしたwココロの話なども互いに話せる関係。

最近のモヤモヤした思いの事などをお互いに話していた。

すると、なんとそこでも、彼女の口から『自立』の言葉が!!

 

そこで( ゚д゚)ハッ!とした。繋がった!

亡き愛犬に繋がった! 8年前のメッセージを思い出した!

 

だから写真に写って「それだよ!思い出せ!」と

言ってくれたのか・・・

 

そして、前日の、写った愛犬の話と昔のエピソードを

彼女に話をしていく中で、整理がついてきて

 

このモヤモヤは依存のせいだったのか!? 

自立してなかったのか、自分!とストンと胸落ちした。

なるほどー!と興奮(笑)

 

自立の反対は依存というのはわかっていたが

実は依存もわかっていなかったんだね(笑)

 

自分が他の役に立っていると『勝手に』思う事でバランス取ってた。

それを『つっかえ棒』としてようやく立てていた事がわかった。

だから、依存していた対象が変化してしまったと思うと

危うくなってぐらついてモヤモヤしてしまうんだと。

 

すべてのことは動いているのに、移り変わっているのに、

ずっと同じまんまで、つかんで離さないで立っていた自分。

執着して依存していた。

でも、よく思えばそれだけ大事なものだったということでもある。

そしてまた、その時はそれで助けられてたということだし

ありがたいことだな。m(_ _)m 

 

・・・などと話は深まった。一人ではたどり着けない結論だった。

ひとりで考えると大抵は自責で終わる(笑)

 

私は、『つっかえ棒』って表現したけど

友達は、自分の場合は 『ヤドリギ』だな、

一体化してしまっていてわかりにくいんだよね。

と言っていた。

二人して興奮して大きな声になっていた。

いつもそうして発見し合って喜ぶ二人。嬉しかった。

そしてモヤモヤのホントの正体がわかったら

それはもう手放そう!って思えた。

そして宣言した(笑)

今もスッキリ。

 

対象の変化(笑)ってのをここで詳しくは書けないのが残念。

なので意味不明な文かも(笑)

でも、一番書きたかったことは

 

時間はかかったけど答えは来たってこと。

そしてメモに書いた願いも聞き届けられたって事。

それもご縁の方々、ご縁の場所を通して。

私にでもわかるように。わかる順番で。 

 

ほんとに凄い。お見事!

護摩の時、最後の観音経でウルウルしたのも

その伏線だったのかもしれない。

 

観音様、ご先祖様、友人知人の皆様、

バフ様(笑)、ありがとうございました!

私は幸せものですm(_ _)m

 

合掌