四十にして立つ ~1,000億円企業への道~ -8ページ目

四十にして立つ ~1,000億円企業への道~

40歳を前に突然起業しようと思い立った現役社長が、実際の出来事を通して、企業経営の楽しさや苦しさを発信中!!
「10年後に1,000億円」を公言して起業した僕が、いかにしてその目標を達成したかを描くリアル・サクセスストーリー

新しいビジネスプランに辿り着きました!



前回のブログで書いたとおり、最初に考えたビジネスプランは1日と経たずに崩壊した。

師匠である「怪僧」杉浦さんにビジネスプランの欠陥を指摘され、

「黒田さんは、本当は何がやりたいの?」

と、言われた言葉が胸に突き刺さっていた。


杉浦さんのオフィスを出ると、僕は家へと向かっていた。
既に頭はフル回転をし始めていた。
地下鉄の電車の中で座っている時も、僕は杉浦さんに言われたことを思い出し、自問自答していた。


僕は、本当は何をやりたいのか?


何度も何度も自分に対して問いかけた。
その結果、自分の本心というのがおぼろげながら見えてきた。

僕の本心というのは、こんなものだった。


1つ目は、世の中をいい会社でいっぱいにしたい、という願い、理想だ。

そのためには、僕の会社自体も全国的な組織にしなくてはダメだ。
だとすると、コンサルでは無理だ。
コンサルでは、手離れが悪いし、優秀なコンサルをたくさん育てるのはきわめて困難だ。

コンサルではなく、もっとたくさんの人間を育てやすいビジネスでなくては・・・


2つ目は、僕自信の強みが活かせるものにしたかった。

何度も言うようだが、僕はコンサルには向いていない。
これは間違いのない事実だ。

そんな向いてもいなくて、好きでもない仕事で起業したとしても
うまくいくはずがないし、長くは続かない。

自分が心の底からやりたくて、自信の持てる仕事でなくてはダメだ。

僕の一番自信のある仕事とは何か・・・


そして、最後の3つ目は、「仕組化」された仕事にしたかった。


知っている人も多いが、コンサルという仕事は、実はものすごく大変なのだ。
土日を問わず、朝から晩まで長時間働く。
しかも、それだけ働いたからといって成果が上がるかどうかもわからない。

だからと言って、ものすごく儲かるかというと、実はそうではない。
もちろん、大手のコンサルというと時間単価は高かったりする。
しかし、やはり自分たちが働いた以上には売上は増えない。
会社のk売上を増やすには、人を増やすしかないのだ。

自分たちの働く時間以上に、事業を広げられる「仕組」がなくては・・・


そんなことを地下鉄の電車に乗りながら考えていると、
突然、ある考えがパッと頭に浮かんだ。


そうだ、それなら「ビジネスマッチング」、
つまりは「つなぐ」だけの会社にすればいいんだ!


僕が得意なのは何か?

そう、「営業」だ。
「営業」ならコンサルなんかより何倍も好きだし、何十倍も得意だ。

コンサルを量産することは難しいが、営業マンなら量産できる。
元々、僕が外資系コンサル時代にやっていたのは、「営業の標準化と組織化」だ。
これなら自信がある。

加えて、自分の能力よりすごい会社、規模が大きい会社と組めば、
自分たちの会社の規模をはるかに超えた仕事ができる。
たとえ僕一人であろうと、数億円、数十億円ものスケールの仕事だってできる。


このことにたどり着いた瞬間、僕は電車の中で座っていたのだが、
立ち上がって走り出したいほど興奮していた。


◆僕の気づき
最終的に起業をするビジネスを決める際には、自分の本心に従うべきだと思う。
自分をとことんまで見つめ直せば、最終的に本当にやりたいことが見えてくる。
ビジネスプランが1日で崩壊しました・・・


会社の上司に辞めることを伝えた後、僕が次にしたのは『師匠』への報告だった。

その『師匠』とは、パッションジャパンの「怪僧」杉浦達雄社長。

元々外資系経営コンサルティング会社にいたが、
後に出家して、僧侶の資格もとったいう変わった経歴の持ち主。
僕が、自身のキャリアやビジネスについて以前より相談に乗ってもらっている方だった。

報告の目的は、僕が考えたビジネスモデルについてアドバイスをもらうためだった。


先のブログでも書いたが、僕がこの時に胸に抱いていたビジネスモデルは、

「経営人材紹介」+「簡易コンサル」+「ほんのちょっとのビジネスマッチング」

といったものだった。(詳しくは過去記事を参照)


僕はこのビジネスモデルを思いついた時から、

(これは間違いなくうまく行く!すごいビジネスモデルだ!)

と心の底から信じ込んでいた。
だから、杉浦社長のところに行くのも、「相談」ではなく、
こんなビジネスモデルで起業します、ということの「報告」のつもりだった。

夕方ころ、オフィスを早々に抜け出した僕は、杉浦社長のオフィスにいた。
そして、杉浦社長にまず報告した。

「杉浦さん、ついにビジネスモデルを思いつきました!」

「本当?それはよかったね!」

「はい、よかったです!

 それで、先ほど会社に辞めることを伝えてきちゃいました!」

「ええ??もう?

 それは早すぎじゃないの?大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です!自信ガあります」

「そ、そうか・・・

 とにかく、どんなビジネスモデルか聞かせてくれる?」


そこで、僕は自信満々に、そして意気揚々と思いついたばかりのビジネスモデルを披露した。

熱っぽく、そして絶対にうまくいくということに少しも疑いもせずに語った。

語り終わった僕は、杉浦さんからでてくるはずの賞賛の言葉をワクワクしながら待っていた。

ところが、杉浦さんはなぜか浮かない顔をしていた。
そして、出てきた言葉は、僕の想像とは全く違うものだった。

「黒田さん、これビジネスモデルとして成り立ってないよ」

・・・え?成り立ってない?どういうこと?

「これは現実的には実行不可能なビジネスモデルになっているよ」



実行不可能?そんな馬鹿な!!?

納得できない僕は、何が問題なのかを詳しく杉浦さんに問いかけた。

その結果、僕のビジネスモデルに重大な欠陥があることに気づいた。

僕は、このビジネスをやるにあたっての簡単な損益シミュレーションは行っていた。
シミュレーション上では、僕のビジネスできちんと収益をあげられるものになっていた。

それまでのキャリアでコンサルタントや営業マンという仕事をやってきた。
そして、いろいろな業種の会社のコンサルをしていたおかげで、
かなりの種類の職種についてある程度理解していた。
どのくらいの工数がかかるというのを理解していた。

だが、「人材紹介」だけは別だった。
これまでのキャリアの中で、「人材紹介」の仕事と絡むことがほとんどなかった。

だから、本当にどんな仕事をしているのかは、よくわからなかったので、
人材紹介の部分の工数はザックリと計算していた。
要は、「これくらいであってほしいな」という希望的な思いも込めて計算していたのだ。

だが、杉浦さんは違う。
人材紹介の仕事を何年もやってきている方だ。

その方からすると、僕の見込んでいた工数は甘い。
甘すぎるものだった。

「このビジネスプランを実現するためには、
 今の想定の何倍もの人手がかかるよ」

杉浦さんに指摘をいただき、修正した工数で改めて損益を計算してみた。

すると、計算上では、どれだけ売上を上げても、固定費を回収することができない。
つまりは、「一生儲からないビジネスモデル」だったのだ。

・・・うーん、これはまずい。

この時になって、僕はスーッと冷静になっていくのを感じた。

なにしろ、もう会社に辞めるって言っちゃっている。
明日になって、

「すいません、昨日の話はなかったことにしてください」

なんてことできるのか?

いや、無理だ。

物理的には出来るのかもしれない。
だが、僕の心がもうすでに会社を離れてしまっている。
戻ったところで使い物にならないだろう。

だが、不思議なことに大きな焦りはなかった。

一般的によく言われることだが、最初に考えたビジネスプランというのは、
たいてい後になってみると、間違いだらけで使い物にならないことが多い。

現在大企業になっている会社でも、創業時点のビジネスプランのままの会社というのはほとんどないらしい。

だから、僕のビジネスプランも、いずれはそうなるんだろう、
とうっすらと覚悟はしていた。

まあ、考えたその日のうちに崩壊するほど早いとは思っていなかったが(笑)

このビジネスプランがダメだとわかった瞬間から、
僕の頭は次に向けてフル回転し始めていた。

どうする、どうする、どうする、どうする・・・

杉浦さんもいろいろとアドバイスをくれた。
そして、最後に言ってくれたのが、

「結局、黒田さんは何がやりたいの?」

という言葉だった。


ガツン、と何か重たいもので頭を叩かれたようだった。

僕は、本当は何がやりたいのか・・・?

自分に本気でそう問いかけたとき、これまで考えていたビジネスモデルは、
根本的に何かが間違っていることに気づいた。

僕が心の底からやりたい仕事で、僕の強みが活かせて、
僕がこうなってほしいという世の中になることに貢献できる。

せっかく起業するからには、そんな仕事をやるべきではないだろうか?

自分に嘘をつくのは止めよう。
僕が本当にしたい仕事をしよう。

そういう素直な気持ちになれた。


こうして、僕は杉浦さんのオフィスを後にした。

どんなビジネスをするのか、何も決まらないまま・・・、


◆>僕の気づき
自分だけで考えたビジネスプランというのは、ひとりよがりで、大抵ものにならない。
見識、経験のある方にできるだけたくさん見ていただき、磨いていくことが必要である
会社に辞めることを伝えると、やっぱり混乱が起こった!

奥さんの許可ももらって、会社を辞めることに何の障害がなくなった。

僕は、奥さんとの電話を切ると、すぐに直属の上司のGさんのところに向かった。


「Gさん、内密で少しお話がしたいのですが・・・」

と、言うと、近くの会議室で二人きりで話すことになった。


会議室に入ると、僕の方からいきなり

「実は、会社を辞めることに決めました。」

と言った。

僕は、Gさんが相当驚くのではないか、と予想していた。
しかしながら、Gさんは驚く素振りも見せずに、

「やっぱりそうか。で、次はどこに行くつもりなの? 」

という返事だった。
あとから聞いたことだが、僕の普段の姿を見ていて、
近いうちに辞めるだろうなあ、と薄々思っていたようだった。

「会社を辞めて、自分で起業することにしました!」

さすがにGさんも辞めるとは思っていたが、起業とは思っていなかったらしい。
今度は、流石に驚いて、

「え?起業??どんな仕事をするの?」

「え、まあ、人材紹介というか、ビジネスマッチングというか・・・
 とにかく、コンサルではない仕事で勝負しようと思います。」


反対されて引き止められるかなあ、と少しは期待していたのだが、

「わかった。君が決めたんだからしょうがないよね。
 応援するよ。」


といった感じで、4年半も勤めた会社ではあったのだが、
僕の退職はいとも簡単に認められてしまった。


「でも、ひとつ大きな問題があるよね。
 
 退職時期をいつにしようか?」


そう、それが問題なのである。

前にも言ったが、その週の後半から僕がプロジェクトのマネージャーとして
チームを任せられている案件がスタートする予定だったのだ。

何しろクライアントは結構な大企業だ。
東証一部上場の企業で、日本だけでなく中国・フィリピン・ドイツにも製造拠点を持つ。
半導体関連のニッチな商品であったが、国内はもちろん世界シェアでもNo.1。
売上の6割以上が海外というグローバル企業でもあった。

実は、このクライアントとは初めての案件ではなかった。
この時より3ヶ月ほど前から、そのクライアントのデューデリジェンス(事業環境分析)のプロジェクトを
僕がマネージャーとして行っており、少し前の週に終わったばかりだったのだ。
つまり、次週から始まる案件は、継続案件だったのである。
だから、当然のことではあるが、その会社の役員クラスの方ともほぼ全員面識がある。

加えて、その会社の社外取締役に僕がなることも提案していて、
検討もしてもらっていた。
それくらい、僕がどっぷりと入リ込む予定の案件だったのだ。

だから、僕がこの案件のマネージャーを僕がやるのは当たり前のはずだった。
クライアントの方々も、まさか僕以外の誰かがやるなんてことは
全く想定していなかっただろう。

しかし、この案件は長い。
一度、プロジェクトが始まったら、短くとも3ヶ月。
つまりは、起業が最低でも3ヶ月は遅れるということだ。

正直言うと、僕はすぐに辞めるべきだと思っていた。
何しろ、頭のことは既に起業したあとのことでいっぱいだ。
とてもじゃないがまともな仕事ができるとは思えなかった。

だが、僕にもここまでやってきた責任がある。
僕以上にそのクライアントのことをわかっている人間は社内にはいない、
という自負もあった。

だから、僕は退職時期の判断を、
その時いた会社にすべて任せようと思っていた。
会社が、「最後まで僕に担当しろ」と言うならば、そうするし、
「すぐに辞めろ」と言われれば、そうするつもりだった。

その日のうちに、僕の会社の役員クラスの方で話し合いがあったようだ。
Gさんは、すぐに辞めた方がいい、という意見だった。
だが、その案件を担当している他の役員の方は、
最後まで僕が担当するべき、という意見だったので、
そう言う結論で一旦はまとまった。

だから、僕は不本意ではあったが、
そのプロジェクトが終わる頃の退職というつもりになっていた。

しかし、翌日のこと。
僕の会社の社長が報告を受けたところ、

「そんな状態の人間に大事なお客様は任せられない。
 すぐに担当を変えて、黒田にはすぐに退職してもらえ」


ということになった。

一見、僕に対して冷たいようにも見える。
だが、僕の起業を応援しようという気持ちで、
早く自由にさせてやろう、という社長の温情だったのだ。

正直言って、早く起業の準備をしたくてしたくてたまらなった僕は、
ものすごく嬉しかった。

結局のところ、その日から1週間のうちに引継ぎをして、
次の週の月曜日が最終出社日ということにトントンと決まってしまった。

4年半も勤めていたのだが、辞める時というのは
驚くほどあっさりだった。

そんなもんなんだ、と少しだけ寂しさを感じたのを覚えている。

■僕の気づき
会社を辞めるときは、きちんと引継ぎをして跡を濁さないことが理想である。
ただし、起業をする時などには、なかなか理想通りにいかないことが多い。