起業前の最後のお勤めを果たしました!
孫正義社長の夢を見て起業を決意した日。
僕は、企業再生コンサルの会社の上司に会社を辞めることを告げた。
その日からちょうど1週間後の月曜日までに引継ぎ。
あとは有給休暇に入ることになった。
本当は、すぐにでも会社を辞めて起業したかった。
ただ、残念ながら、僕はその年もその前の年もほとんど休みがなかった。
だから、有給休暇が上限ギリギリの40日間まるまる残っていた。
有給休暇が残る4月17日までは前の会社を退職することができなかった。
会社を辞めるのはいいが、大変だったのはここからである。
何しろ、4日後の金曜日から僕が入る予定だったプロジェクトが始まるのだ。
当然、僕が辞めることなんぞ誰も想定していない。
だから、引継げる者が誰もいないのだ。
すったもんだの末に決まったのが、僕の4,5歳下の後輩。
コンサル経験は長く、腕は確か。
多分、コンサルとしての力量は僕より何倍も上だと思う。
問題は、彼がその時に日本にいないということ。
新婚旅行だか何かで、長期の休暇をとっているところだったのだ。
背に腹は変えられない。
旅行を楽しんでいる彼に、事情が連絡され、その彼がプロジェクトのマネージャーになることが伝えられた。
あとから聞いたが、彼も本当に驚いたようだ。
そりゃそうだ。気持ちはよくわかる。
起業をするとなってからは、何の迷いもなかったし、後悔することもほとんどないが、
後任の彼に迷惑をかけたことと、この時のクライアントの方にご迷惑をかけたことだけは、
今でも本当に申し訳なかったと思っている。
こうして、バタバタの中で引継ぎをするとともに、
会社の他の同僚にも退社の挨拶をしていった。
全社員に対して、「退職します」とメールをすると、会社の中に激震が走った。
驚いた人がメールで返信をくれたり、話を直接聞きに来たりした。
その時によく言われたのが、
「起業なんて聞いてない。なんで言ってくれなかったんですか?」
という言葉だ。
そんなこと言われても、言えるわけがない。
だって、僕が起業を決めたのもつい1週間前のことだったから。
前の会社に在籍したのは約4年半。
思えばたくさんの泥臭いこと、血なまぐさいことをしてきた。
何人、何百人という人に会社を辞めていただくことのお手伝いもした。
何箇所ものオフィス、工場を手放してもらった。
お金を借りている金融機関と返済の延長や債権放棄をしてもらうための交渉のお手伝いもした。
陰では「コストカッター」や「人斬り」とか呼ばれていたのかもしれない。
長くも感じ、短くも感じる4年半だった。
いろいろと感慨深い思い出もあるにはあったが、
辞めるとなって、過去をふりかえることはほとんどなかった。
何しろ、僕は起業後のことで、
頭はアイデアでいっぱい、胸は期待でいっぱいだったのである。
こうして、引継ぎを終えた僕は完全に「起業モード」に切り替わった。
本格的な起業準備の開始である。
◆僕の気づき
転職で会社を辞める時と、起業で会社を辞める時では心持ちが全く違う。
転職の時は寂しさと不安が大きかったが、起業の時は楽しさと希望の方が大きい。
ビジネスパートナー第一号の誕生です!
新しいビジネスプランを思いついた日。
深夜になっても興奮してなかなか眠れなかった。
やっとのことで眠りについたものの、次の日の朝も興奮して、
まだ暗いうちに目が覚めてしまった。
まずは一刻も早く、『怪僧』杉浦さんに話を聞いてもらいたかった。
昨日のリベンジだ。
夜が明け、会社に行くと、早速杉浦さんに電話をした。
「はい、杉浦です」
「あ、杉浦さん。新しいビジネスプランを考えつきました!」
「え?もう?昨日の今日だよ」
「はい、そうなんです。でも、自信があります。
今日の夕方伺ってもいいですか?」
「急だねえ。でもちょうど空いているからいいよ」
と、言うことで、僕は心ここにあらずの状態で仕事を済ますと、
そそくさと杉浦さんのオフィスに向かった。
「杉浦さん、これが僕の新しいビジネスプランです」
そう言って、僕は昨日の夜に考えたプランを杉浦さんに話した。
興奮して話したので、しっかり話せたかは覚えていない。
ただし、前日話した時より、熱がこもっていたのは確かだ。
説明を終えた。
杉浦さんがどんな反応をするのか。
僕はドキドキしながら、杉浦さんが言葉を発するのを待った。
杉浦さんから出てきた言葉は、
「うん、いいんじゃない」
おお、やったあああ!!
昨日は全くダメだったが、今日は明らかに違う!
「要するにソリューションの購買代行会社だね、これは」
・・・ソリューションの購買代行会社?
お客様が抱える課題を解決できる最適なソリューションを
第三者的な視点をもちながら、、
お客様に代わって全国から探してくる会社。
確かにソリューションの購買代行会社だ!
その言葉が一番しっくりくる。
「そうです、ソリューションの購買代行です!!」
「なるほど、いいね。
でも、このビジネスだと人材紹介をする必要があるよね。
黒田さん、やったことがないよね。
どうするの?」
・・・ううっ、そうだ。
確かに人材紹介はやったことがない。
ノウハウもない。
どうしようか・・・
「どこかの会社と組みたいと思ってるんですが・・・」
すると、杉浦さんからこんな提案があった。
「じゃあ、うちの会社と組めばいいんじゃない?」
・・・え?
あ、そうか!
杉浦さんの会社(パッションジャパン)も人材紹介をやっているんだった!
「はい、是非お願いします!」
つい先程までは、メンターとしていろいろと杉浦さんに相談をしてきた。
この瞬間から、杉浦さんはメンター兼ビジネスパートナーとなった。
この日から約7ヶ月間で約3,000社の会社にビジネスパートナーになっていただくことになる。
その全てが自分が実際に会って話した、足で稼いだビジネスパートナーである。
その記念すべき第一号パートナーが生まれた瞬間だった。
◆僕の気づき
自分が持つ資産が、相手の必要とするが持っていない資産であれば、どんな相手とであっても提携できる。
その原則さえ守れば、相手の規模が何倍、何百倍と大きかったとしても対等の話ができる。
新しいビジネスプランを思いついた日。
深夜になっても興奮してなかなか眠れなかった。
やっとのことで眠りについたものの、次の日の朝も興奮して、
まだ暗いうちに目が覚めてしまった。
まずは一刻も早く、『怪僧』杉浦さんに話を聞いてもらいたかった。
昨日のリベンジだ。
夜が明け、会社に行くと、早速杉浦さんに電話をした。
「はい、杉浦です」
「あ、杉浦さん。新しいビジネスプランを考えつきました!」
「え?もう?昨日の今日だよ」
「はい、そうなんです。でも、自信があります。
今日の夕方伺ってもいいですか?」
「急だねえ。でもちょうど空いているからいいよ」
と、言うことで、僕は心ここにあらずの状態で仕事を済ますと、
そそくさと杉浦さんのオフィスに向かった。
「杉浦さん、これが僕の新しいビジネスプランです」
そう言って、僕は昨日の夜に考えたプランを杉浦さんに話した。
興奮して話したので、しっかり話せたかは覚えていない。
ただし、前日話した時より、熱がこもっていたのは確かだ。
説明を終えた。
杉浦さんがどんな反応をするのか。
僕はドキドキしながら、杉浦さんが言葉を発するのを待った。
杉浦さんから出てきた言葉は、
「うん、いいんじゃない」
おお、やったあああ!!
昨日は全くダメだったが、今日は明らかに違う!
「要するにソリューションの購買代行会社だね、これは」
・・・ソリューションの購買代行会社?
お客様が抱える課題を解決できる最適なソリューションを
第三者的な視点をもちながら、、
お客様に代わって全国から探してくる会社。
確かにソリューションの購買代行会社だ!
その言葉が一番しっくりくる。
「そうです、ソリューションの購買代行です!!」
「なるほど、いいね。
でも、このビジネスだと人材紹介をする必要があるよね。
黒田さん、やったことがないよね。
どうするの?」
・・・ううっ、そうだ。
確かに人材紹介はやったことがない。
ノウハウもない。
どうしようか・・・
「どこかの会社と組みたいと思ってるんですが・・・」
すると、杉浦さんからこんな提案があった。
「じゃあ、うちの会社と組めばいいんじゃない?」
・・・え?
あ、そうか!
杉浦さんの会社(パッションジャパン)も人材紹介をやっているんだった!
「はい、是非お願いします!」
つい先程までは、メンターとしていろいろと杉浦さんに相談をしてきた。
この瞬間から、杉浦さんはメンター兼ビジネスパートナーとなった。
この日から約7ヶ月間で約3,000社の会社にビジネスパートナーになっていただくことになる。
その全てが自分が実際に会って話した、足で稼いだビジネスパートナーである。
その記念すべき第一号パートナーが生まれた瞬間だった。
◆僕の気づき
自分が持つ資産が、相手の必要とするが持っていない資産であれば、どんな相手とであっても提携できる。
その原則さえ守れば、相手の規模が何倍、何百倍と大きかったとしても対等の話ができる。
思いついたアイデアの「核」をもとに、ビジネスプランがどんどん膨らんでいった!
前回のブログで書いた通り、ビジネスプランが崩壊した直後、帰りの電車の中で新しいビジネスプランを思いついた。
思いついたビジネスプランは、言うならば「紹介専門会社」。
会社が抱えている課題を聞きだし、それを解決できる会社を紹介する。
それだけをする会社。
自分達ではコンサル、その他のサービス提供を一切やらない。
集客・営業に特化した会社。
家に帰ってからも、僕は興奮したままだった。
興奮してなかなか寝付けなかった僕は、ワクワクしながら考えにふけっていた。
そして、アイデアをどんどん膨らませていった。
まず考えたのは、料金体系をどうするか?
今回目指すのは「中小企業でも活用できる会社」だ。
だから、中小企業でも払えるように負担を小さくしなければならない。
そうすると、報酬体系は、成功報酬型、つまりは成果に連動した形で成果が出た分の一定の割合をいただく形がいいだろう。
・・・待てよ。
それならいっそのこと報酬はお客様からもらわずに、紹介先からだけもらったらどうだろうか?
そうすれば、お客様から当社に支払われるお金は「実質ゼロ」になる。
そうだ、「お客様からお金をいただかない会社」になろう!
これなら、どんな中小企業でも利用ができる!!
次に考えたのは、どんな組織にするか?
僕の頭にあったのは、以前に研修を受けたP生命の組織だ。
P生命の組織体制、運営の仕組み、教育・評価制度等はものすごくよくできていた。
だから、僕はこれをそのままパクることにした。
P生命は「個人」を対象としたライフプランナー™である。
だから、僕の会社は「法人」を対象としたライフプランナー™を目指すことにした。
次に考えたのが、ターゲットとするエリアをどこにするか?
効率を考えれば、東京を中心とした首都圏だろう。
だが、僕はこれまで首都圏以外の大阪や長野等の地域の会社のコンサルをすることが多かった。
その中で、そういった首都圏以外の会社でも、「いい会社」になりそうな会社がたくさんあった。
志の高い経営者。
オンリーワンの技術。
まじめで勤勉な従業員。
でも、業績が伸び悩んでいる。
こういった日本各地に存在するちょっと苦しんでいる会社にこそ大きく伸びる余地があるのではないか?
それに地方にはいいことが他にもある。
それは、「競合が少ない」、ということだ。
僕の会社の競合は、コンサル会社やビジネスマッチング会社になるのだろう。
これらの会社の拠点は、ほとんどが東京中心、あっても大阪、名古屋くらいだろう。
何の実績も知名度もない僕の会社。
競争が激しい首都圏ではなく、それ以外の地域でトップを目指す。
そして、そういったトップの地域をたくさん作り、実績と知名度を上げた後で、首都圏を目指す。
こうした考えから、メインのターゲットエリアは首都圏以外の地域におくことにした。
他にもいろんなことを考えた。
考えても考えても尽きることはなかった。
アイデアはどんどん膨らんでいった。
そうこうしているうちに時間は夜中になり、激動の一日は終わろうとしていた。
振り返ってみると、ソフトバンクの孫正義社長の夢を見てから、わずか20時間弱の間の出来事である。
この間にパートナーと別れ、会社に辞めることを告げ、当初考えていたビジネスプランは崩壊し、また新たなビジネスプランに行きついた。
これが1日の間に起こったのである。
起業して以降、信じられないほど忙しい日、いろんな出来事が起こった日はたくさんある。
ただし、この日ほどたくさんの、そして重要なことが一度に起こった日はなかったような気がする。
◆僕の気づき
ビジネスプランは「核」になる考え、コンセプトがしっかりしていれば、いくらでも膨らませられる。
まずは、「核」を考えに考え抜いて固めることが最重要である。
前回のブログで書いた通り、ビジネスプランが崩壊した直後、帰りの電車の中で新しいビジネスプランを思いついた。
思いついたビジネスプランは、言うならば「紹介専門会社」。
会社が抱えている課題を聞きだし、それを解決できる会社を紹介する。
それだけをする会社。
自分達ではコンサル、その他のサービス提供を一切やらない。
集客・営業に特化した会社。
家に帰ってからも、僕は興奮したままだった。
興奮してなかなか寝付けなかった僕は、ワクワクしながら考えにふけっていた。
そして、アイデアをどんどん膨らませていった。
まず考えたのは、料金体系をどうするか?
今回目指すのは「中小企業でも活用できる会社」だ。
だから、中小企業でも払えるように負担を小さくしなければならない。
そうすると、報酬体系は、成功報酬型、つまりは成果に連動した形で成果が出た分の一定の割合をいただく形がいいだろう。
・・・待てよ。
それならいっそのこと報酬はお客様からもらわずに、紹介先からだけもらったらどうだろうか?
そうすれば、お客様から当社に支払われるお金は「実質ゼロ」になる。
そうだ、「お客様からお金をいただかない会社」になろう!
これなら、どんな中小企業でも利用ができる!!
次に考えたのは、どんな組織にするか?
僕の頭にあったのは、以前に研修を受けたP生命の組織だ。
P生命の組織体制、運営の仕組み、教育・評価制度等はものすごくよくできていた。
だから、僕はこれをそのままパクることにした。
P生命は「個人」を対象としたライフプランナー™である。
だから、僕の会社は「法人」を対象としたライフプランナー™を目指すことにした。
次に考えたのが、ターゲットとするエリアをどこにするか?
効率を考えれば、東京を中心とした首都圏だろう。
だが、僕はこれまで首都圏以外の大阪や長野等の地域の会社のコンサルをすることが多かった。
その中で、そういった首都圏以外の会社でも、「いい会社」になりそうな会社がたくさんあった。
志の高い経営者。
オンリーワンの技術。
まじめで勤勉な従業員。
でも、業績が伸び悩んでいる。
こういった日本各地に存在するちょっと苦しんでいる会社にこそ大きく伸びる余地があるのではないか?
それに地方にはいいことが他にもある。
それは、「競合が少ない」、ということだ。
僕の会社の競合は、コンサル会社やビジネスマッチング会社になるのだろう。
これらの会社の拠点は、ほとんどが東京中心、あっても大阪、名古屋くらいだろう。
何の実績も知名度もない僕の会社。
競争が激しい首都圏ではなく、それ以外の地域でトップを目指す。
そして、そういったトップの地域をたくさん作り、実績と知名度を上げた後で、首都圏を目指す。
こうした考えから、メインのターゲットエリアは首都圏以外の地域におくことにした。
他にもいろんなことを考えた。
考えても考えても尽きることはなかった。
アイデアはどんどん膨らんでいった。
そうこうしているうちに時間は夜中になり、激動の一日は終わろうとしていた。
振り返ってみると、ソフトバンクの孫正義社長の夢を見てから、わずか20時間弱の間の出来事である。
この間にパートナーと別れ、会社に辞めることを告げ、当初考えていたビジネスプランは崩壊し、また新たなビジネスプランに行きついた。
これが1日の間に起こったのである。
起業して以降、信じられないほど忙しい日、いろんな出来事が起こった日はたくさんある。
ただし、この日ほどたくさんの、そして重要なことが一度に起こった日はなかったような気がする。
◆僕の気づき
ビジネスプランは「核」になる考え、コンセプトがしっかりしていれば、いくらでも膨らませられる。
まずは、「核」を考えに考え抜いて固めることが最重要である。