僕がやりたい仕事は、本当に日本にはないのだろうか?
『怪僧』杉浦さんのコーチングのおかげで、ターンアラウンドマネージャー(以下TAM)の仕事が僕の本当にやりたいことだと気づいた僕。
しかし、杉浦さんから、僕が目指すTAMの仕事は日本にはないのではないか、と言われた。
確かに、TAMということを実際に行なっている人は、日本にもいる。
俗にいうファンドと呼ばれる会社が、傾きかけた会社に出資する場合、TAMという人たちを送り込む場合がある。
しかし、このTAMは、僕が目指すTAM像とは違う。
ファンドから送り込まれたTAMが求められることはただ一つ。
ファンドが保有する株式を売却等する(エグジットと言います)時に、企業の価値が最大になっていること。
だいたい出資してから3年くらいでエグジットすることが多いので、3年後を目指した「短期的な再生」なのである。
僕が目指したかったのは、「短期的な再生」ではない。
支援する会社を持続的な成長力を身に着けた会社に変革させる『本質的な再生』だ。
つまりは、再生を手伝ったTAMがいなくなった後でも、その会社が自律的に発展・成長していくことができる会社にすることである。
そういった意味での『本質的な再生』を支援している会社は、確かに聞いたことがなかった。
『本質的な再生』が実現しにくい理由はただ一つ。
ターンアラウンドが儲からないからである。
『本質的な再生』が必要な会社に共通していることは、お金がないこと。
そして、解決しなければならない課題が山ほどあること。
そして、人材が不足していること。
課題も多く、人材もいないから、外部の人間(コンサルタント等)に頼みたい。
しかし、『本質的な再生』を目指すには、時間もかかるし、たくさんの人員を投入する必要がある。
でも、その会社には金を払う余力がない。
だから、頼めない。
傾きかけた会社の「課題の大きさ」と「支払能力の低さ」とのアンバランス。
これがお金になりにくい要因である。
杉浦さんと話をする中で、僕もそういったことをようやく理解してきた。
ただ、僕は自分の目で確かめたことしか信じたくなかった。
すると、杉浦さんからこんな提案を受けた。
「じゃあ、実際にターンアラウンドを過去にやった人がいるから、その人にも話を聞いてみようか?」
・・・これは、面白そうだ。
即座に同意した僕。
こうして、僕は後に共同で起業をするはずだった方と会うことになる。
◆僕の気づき
想いがあるからと言って、必ずしもビジネスになるわけではない。
儲かる仕組み(ビジネスモデル)を確立する必要もある。
自分が『本当にやりたいこと』とは何だったのか?
今から1年ほど前、自分が進むべき道を見失っていた僕。
心が病んでいたからだろう。久しぶりに会った『怪僧』杉浦さんの誘いにのって、ふらふらと原宿のサロンにやってきた。
サロンの中に入っても、まだ心の中で、
(やっぱり宗教の勧誘なのかなあ?勧誘されたらどう断ろう)
みたいなことを考えていた。
そんな心配をよそに、杉浦さんからされたことは勧誘や洗脳といったものとはほど遠いものだった。
「黒田さんは、今何をしているの?」
「不満なことはどんなことなの?」
「本当は何がしたいの?」
といった問いかけを杉浦さんがして、僕が答えるといったことを延々と続けただけだった。
察しのいい方は気づいているかもしれませんが、これは「コーチング」の技法だったんです。
その頃の僕は、コーチングというものがどんなものか知らなかった。僕は知らないうちにコーチングの技法によって、自分自身を見つめることをしていた。そして、自分でも気づいていなかった「本当に自分がしたいこと」をひきだしてもらっていたのだ。
僕は何をしたいのか?
そう、本質的な問題だ。
自分に問いかけ続けていると、なんとなく答えが見えてきた。
(僕がやりたいこと。それはやっぱりターンアラウンドマネージャーだ!!)
ターンアラウンドマネージャーとは何か?
簡単に言うと傾きかけた会社に期間限定で入るプロフェッショナル経営者。
企業が再生するまで、抜本的な改革をハンズオン(実際に経営に深く関与すること)で行なう。
大きな権限を与えられるが、責任も大きく、現場との対立も起きやすい。
代表的なターンアラウンドマネージャーの例では日産のカルロス・ゴーン社長。
僕の憧れでした。
(そうだ、僕は第2のカルロス・ゴーンになるんだ!)
注:僕は、その時、これが本当にやりたいことだと思っていました。しかし、実はそうではなかったことに半年後に気づくことになります。
(カルロス・ゴーンになるためにはどうする?今の会社にいてはそれは無理ではないか?
よし、転職するぞ!)
ずっと闇の中に歩いてきた僕にとって、久しぶりに明るい光を見た気がした。
僕の中の時計の針も動き出した気がした。
僕は、杉浦さんにこう言った。
「杉浦さん、わかりました。僕はターンアラウンドマネージャーになるために転職します!」
杉浦さんは、少し考えた後、こう言った。
「・・・よくわかった。でも、黒田さんがやりたいということを実現できる会社は日本にはないと思うよ」
・・・ええっ!?そうなの?
こうして、せっかく動き出した僕は、一歩目から壁にぶつかることになる。
◆僕の気づき
自分が本当にやりたいことというのは、常に自分の中に眠っている。
ただ、そのことになかなか気づかないし、自分ひとりの力で気づくのは難しい。
今から1年ほど前、自分が進むべき道を見失っていた僕。
心が病んでいたからだろう。久しぶりに会った『怪僧』杉浦さんの誘いにのって、ふらふらと原宿のサロンにやってきた。
サロンの中に入っても、まだ心の中で、
(やっぱり宗教の勧誘なのかなあ?勧誘されたらどう断ろう)
みたいなことを考えていた。
そんな心配をよそに、杉浦さんからされたことは勧誘や洗脳といったものとはほど遠いものだった。
「黒田さんは、今何をしているの?」
「不満なことはどんなことなの?」
「本当は何がしたいの?」
といった問いかけを杉浦さんがして、僕が答えるといったことを延々と続けただけだった。
察しのいい方は気づいているかもしれませんが、これは「コーチング」の技法だったんです。
その頃の僕は、コーチングというものがどんなものか知らなかった。僕は知らないうちにコーチングの技法によって、自分自身を見つめることをしていた。そして、自分でも気づいていなかった「本当に自分がしたいこと」をひきだしてもらっていたのだ。
僕は何をしたいのか?
そう、本質的な問題だ。
自分に問いかけ続けていると、なんとなく答えが見えてきた。
(僕がやりたいこと。それはやっぱりターンアラウンドマネージャーだ!!)
ターンアラウンドマネージャーとは何か?
簡単に言うと傾きかけた会社に期間限定で入るプロフェッショナル経営者。
企業が再生するまで、抜本的な改革をハンズオン(実際に経営に深く関与すること)で行なう。
大きな権限を与えられるが、責任も大きく、現場との対立も起きやすい。
代表的なターンアラウンドマネージャーの例では日産のカルロス・ゴーン社長。
僕の憧れでした。
(そうだ、僕は第2のカルロス・ゴーンになるんだ!)
注:僕は、その時、これが本当にやりたいことだと思っていました。しかし、実はそうではなかったことに半年後に気づくことになります。
(カルロス・ゴーンになるためにはどうする?今の会社にいてはそれは無理ではないか?
よし、転職するぞ!)
ずっと闇の中に歩いてきた僕にとって、久しぶりに明るい光を見た気がした。
僕の中の時計の針も動き出した気がした。
僕は、杉浦さんにこう言った。
「杉浦さん、わかりました。僕はターンアラウンドマネージャーになるために転職します!」
杉浦さんは、少し考えた後、こう言った。
「・・・よくわかった。でも、黒田さんがやりたいということを実現できる会社は日本にはないと思うよ」
・・・ええっ!?そうなの?
こうして、せっかく動き出した僕は、一歩目から壁にぶつかることになる。
◆僕の気づき
自分が本当にやりたいことというのは、常に自分の中に眠っている。
ただ、そのことになかなか気づかないし、自分ひとりの力で気づくのは難しい。
それは1本の電話から始まった。
再生コンサルという仕事に不満を持ちながらも、どうしていいかわからずに悶々としていた1年ほど前のある日。
昼間にオフィスで仕事をしていると、見知らぬ電話番号からの着信。
(誰だろう?)と思いながら、電話に出てみると、その電話の主は杉浦達夫さん。
現在(当時も)パッションジャパンという会社の社長をしている方。
実は杉浦さんとの出会いは、かれこれ8,9年前。
僕が経営コンサルティング会社に転職する際の話は以前に書いたと思うが、僕が内定をもらったのはたったの2社。
そのうちの1社、僕がいかなかった方の会社で面接していただいたのが杉浦さん。
実は、その面接以降は会っていなかったから、8年間は会っていなかったことになる。
その杉浦さんからの電話。
(何の用だろう?)と不審に思った。
用件を聞いてみると、僕がいる再生コンサル会社への人材紹介とのこと。
実は杉浦さん、数年前にコンサル会社を辞めて、人材紹介も行っているパッションジャパンという会社を立ち上げたとのこと。
僕の会社に紹介したい人材がいるので、僕の会社についていろいろと教えてほしい、とのことだった。
その頃、僕は相当忙しかったはずなのだが、(杉浦さんに久しぶりに会ってみたいな)と思って、数日後に会社の近くのカフェで会う約束をした。
約束の日、僕は待合わせのカフェの前で待っていた。
正直言うと、僕はその時、杉浦さんの顔を忘れていた。
8年も前に1,2度会った程度なので無理もない(と思いたい)。
だから、杉浦さんが来ても認識できるかなあ、とドキドキしながら待っていた。
そして、約束の時間に杉浦さんはやってきた。
一目見て、杉浦さんのことをはっきり思い出した。
大柄な体に、大型の草食動物を思わせる優しい顔(杉浦さん、失礼な書きっぷり、ごめんなさい!!)
そして、なにより特徴的なのが、完全なスキンヘッド。
(ああ、杉浦さんだ。間違いなく杉浦さんだ。)
懐かしい気持ちを抱えながら、情報交換をした後で、僕から質問をした。
「杉浦さんは、コンサルを辞めてから、どんな仕事をしてきたんですか?」
「実は、コンサルを辞めてから、お寺に入って修行をして、住職の資格を取ったんだよ」
(住職?お坊さん?
そりゃあ、たしかに見た目は前からお坊さんみたいだけど・・・)
「じゃあ、今はどんな仕事をしているんですか?」
「今は、偉大なる人物をプロデュースするということをしているんだよ。
一人ひとりが本来持っている素晴らしいそれぞれの潜在能力を輝かし、自己実現することのお手伝いをすることがミッションなんだ。」
(・・・これは宗教か?そうだ、宗教に違いない)
「自分が何をしていいかわからず悩んでいる人に、「あるべき姿への一歩」を踏み出してもらうお手伝いをしている」
(・・・何をしていいかわからない人?・・・そうだ、僕だ!!)
「原宿にサロンがあって、そうやって悩んでいる人たちの話を聞いてアドバイスしているよ。
黒田さんも来てみたらどう?」
(・・・これは勧誘だろう?僕は今、宗教に勧誘されているんだ。そうに違いない!)
普段の僕だったら、間違いなく断っていただろう。
しかし、この当時の僕は、どうしていいかわからず本当に悩んでいた。
わらでも何でもいいからすがりたい、という思いでいっぱいだったのだろう。
「僕、行きます!いつがいいですか?」
驚くほど早く僕は答えていた。
こうして、悩める僕は、数日後に杉浦さんが待つ原宿のサロンへの足を運ぶことになる。
◆僕の教訓
「きっかけ」というのは、いろいろな形で僕らの前を通り過ぎているものだと思う。
問題は、そのことに気付くかどうか。
再生コンサルという仕事に不満を持ちながらも、どうしていいかわからずに悶々としていた1年ほど前のある日。
昼間にオフィスで仕事をしていると、見知らぬ電話番号からの着信。
(誰だろう?)と思いながら、電話に出てみると、その電話の主は杉浦達夫さん。
現在(当時も)パッションジャパンという会社の社長をしている方。
実は杉浦さんとの出会いは、かれこれ8,9年前。
僕が経営コンサルティング会社に転職する際の話は以前に書いたと思うが、僕が内定をもらったのはたったの2社。
そのうちの1社、僕がいかなかった方の会社で面接していただいたのが杉浦さん。
実は、その面接以降は会っていなかったから、8年間は会っていなかったことになる。
その杉浦さんからの電話。
(何の用だろう?)と不審に思った。
用件を聞いてみると、僕がいる再生コンサル会社への人材紹介とのこと。
実は杉浦さん、数年前にコンサル会社を辞めて、人材紹介も行っているパッションジャパンという会社を立ち上げたとのこと。
僕の会社に紹介したい人材がいるので、僕の会社についていろいろと教えてほしい、とのことだった。
その頃、僕は相当忙しかったはずなのだが、(杉浦さんに久しぶりに会ってみたいな)と思って、数日後に会社の近くのカフェで会う約束をした。
約束の日、僕は待合わせのカフェの前で待っていた。
正直言うと、僕はその時、杉浦さんの顔を忘れていた。
8年も前に1,2度会った程度なので無理もない(と思いたい)。
だから、杉浦さんが来ても認識できるかなあ、とドキドキしながら待っていた。
そして、約束の時間に杉浦さんはやってきた。
一目見て、杉浦さんのことをはっきり思い出した。
大柄な体に、大型の草食動物を思わせる優しい顔(杉浦さん、失礼な書きっぷり、ごめんなさい!!)
そして、なにより特徴的なのが、完全なスキンヘッド。
(ああ、杉浦さんだ。間違いなく杉浦さんだ。)
懐かしい気持ちを抱えながら、情報交換をした後で、僕から質問をした。
「杉浦さんは、コンサルを辞めてから、どんな仕事をしてきたんですか?」
「実は、コンサルを辞めてから、お寺に入って修行をして、住職の資格を取ったんだよ」
(住職?お坊さん?
そりゃあ、たしかに見た目は前からお坊さんみたいだけど・・・)
「じゃあ、今はどんな仕事をしているんですか?」
「今は、偉大なる人物をプロデュースするということをしているんだよ。
一人ひとりが本来持っている素晴らしいそれぞれの潜在能力を輝かし、自己実現することのお手伝いをすることがミッションなんだ。」
(・・・これは宗教か?そうだ、宗教に違いない)
「自分が何をしていいかわからず悩んでいる人に、「あるべき姿への一歩」を踏み出してもらうお手伝いをしている」
(・・・何をしていいかわからない人?・・・そうだ、僕だ!!)
「原宿にサロンがあって、そうやって悩んでいる人たちの話を聞いてアドバイスしているよ。
黒田さんも来てみたらどう?」
(・・・これは勧誘だろう?僕は今、宗教に勧誘されているんだ。そうに違いない!)
普段の僕だったら、間違いなく断っていただろう。
しかし、この当時の僕は、どうしていいかわからず本当に悩んでいた。
わらでも何でもいいからすがりたい、という思いでいっぱいだったのだろう。
「僕、行きます!いつがいいですか?」
驚くほど早く僕は答えていた。
こうして、悩める僕は、数日後に杉浦さんが待つ原宿のサロンへの足を運ぶことになる。
◆僕の教訓
「きっかけ」というのは、いろいろな形で僕らの前を通り過ぎているものだと思う。
問題は、そのことに気付くかどうか。