四十にして立つ ~1,000億円企業への道~ -10ページ目

四十にして立つ ~1,000億円企業への道~

40歳を前に突然起業しようと思い立った現役社長が、実際の出来事を通して、企業経営の楽しさや苦しさを発信中!!
「10年後に1,000億円」を公言して起業した僕が、いかにしてその目標を達成したかを描くリアル・サクセスストーリー

起業をするのに最大の不安、それは人脈の少なさだった


ビジネスモデルをやっとのことで思いついた僕。

でも、そのビジネスモデルを実現するには大きな壁があった。
それは、僕がほとんど人脈を持っていない、ということだった。

僕がやろうとするビジネスモデルの中で、
大きなウェイトを占めるのが「ビジエスマッチング」の機能だ。

「ビジネスマッチング」では、人脈が非常に重要だ。
極論を言えば、人脈だけが頼りだとも言える。

だが僕は、それまでのキャリアの中でほとんど人脈を築いていなかったのだ。

僕は、経営コンサルタント、再生コンサルタントとして、
約8年間過ごしていた。
僕が担当するプロジェクトは長いものが多くて、
平均でも半年以上。
長いものだと2年近くも続くものもあった。

だから、実際に接点を持っている会社は、10~12社程度。
しかも、3,4年より前に担当していた会社は、
プロジェクト終了後にほとんどコンタクトをとっていなかった。
だから、その当時に顧客の候補になりそうな会社は、5社もいなかった。

更に、ビジネスマッチングをするには、顧客だけでなく、
ビジネスパートナーとなる会社もたくさん必要になる。
だが、僕がそれまで勤めていた会社は自前主義が強かったので、
他社と組んで仕事をすることがほとんどなかった。
だから、ビジネスパートナー候補になりそうな会社もほとんど知らなかった。


余談ではあるが、起業を決意した後、Facebookで友達が何人いるか確認してみた。

なんと、100人もいなかった!

それも、中学~大学の同級生やアメフト関連の知り合いばかり。
仕事上のつながりのある人は皆無。
経営者なんてもちろん一人もいなかった。



人脈を最も必要とするビジネスをしようとしているのに、
普通の人よりも人脈の少ない僕。

そんな人間がそんなビジネスをやってうまくいくのか?

普通で考えれば、うまくいくはずがない。

けれども、僕はこのビジネスモデルをやりたくて仕方がない状態だった。
考えて、考えて、考え抜いて、やっとのことでたどり着いたビジネスモデル。
ほかの誰でもない。
僕自身の手で、なんとしてでもカタチにしたかった。

でも、人脈がない!
本当に僕にやれるのか?

でも、このビジネスは僕のビジネスだ!
僕の手でやりたい!

やりたい!やれるのか?やりたい!やれるのか?やりたい!やれるのか?・・・


その日は日曜日で、時刻は既に真夜中近くだった。
でも、ビジネスモデルを思いついて興奮した僕は、
全く眠くならなかった。

そんな冴えた頭の中で、

「やりたい!やれるのか?やりたい!やれるのか?・・・」

と、いう自問自答がグルグルと回り続けていた。

だが、次の日も仕事があったので、少しでも寝ないわけには行かない。
全く眠くない状態ではあったが、布団の中に入り、無理やり寝ることにした。
布団の中に入っても、頭の中はグルグルグルグルと回り続け、
なかなか眠くならなかった。


やっとのことで眠りについたのは、夜中の4時を過ぎていた頃だった思う。

浅い眠りについて2時間ほど経った、AM6時頃。

僕は、ついに『運命のあの人』に出会うことになる。


■僕の気づき
起業をするにあたっては、それまで築いた人脈がベースとなる。
人脈を持たずに起業すると、起業後にものすごく苦労することになりがちである。
ついにビジネスモデルを思いついた!そして・・・


前回のブログで書いた通り、ターンアラウンドマネージャーになることをあきらめた僕。
そのおかげで、自由な発想ができるようになった。


前回に書いた通り、僕が達成したいのは、

「日本中を本当にいい会社でいっぱいにしたい。
 いい会社を軸として、どんどんと協業や再編進めることにより、
 強い産業や強い地方を創る手助けがしたい!」


と、いうことだ。

そのために必要なのは、何か?

僕が必要だと思ったのは、
たくさんの「いい会社」もしくは「いい会社になりそうな会社」に入り込むための仕組みだ。

「いい会社」かどうかなんて、会社の外から見たってわからない。
中に入りこんで、経営者の想い、ビジョン、能力、そして会社の風土、ビジネスモデル、
商品・サービスの強みを知る必要がある。

では、どうしたら会社の中に入り込めるか?

僕が至った結論は、会社に「人」を送り込む、ということだった。
それも会社の内情が最もよくわかる役員クラスや経営企画人材だ。

僕の会社が紹介した人材を送り込んで、
その人から情報を収集するための仕組をつくる、というものだった。

ただ、単に人材を送り込んだだけでは、送り込んだ人材が会社の中で孤立してしまう。
その結果、僕がそうだったように、大失敗をして、深い傷を負う人も出てくるだろう。

だから、そういう人の支援のために、経営経験豊富な「経営サポート部隊」と
ごく一部の分野で第一人者の「ビジネスパートナー」を持つ。

これらの後方支援部隊によって、送り込んだ人材が成功するためのサポートを行なえば、
うまくいくのではないか、と考えていた。

要するに、

「人材紹介」+「簡易コンサル」+「ほんのちょっとのビジネスマッチング」

というような、ビジネスモデルなのだ。


「こんなビジネス、成り立つの?」という声が聞こえてきそうです。
気持ちはよーくわかります。

この頃に書いたメモや落書きのような図がとってあります。
今見ると、よくこれで起業しようと思ったなあ、と自分でも感心します。



ビジネスモデルの善し悪しはともかく、僕はこのビジネスモデルにたどり付いた。

その瞬間、僕の中であることが起こった。

今まで、経験したことのないような高揚感に襲われたのだ。

体中をアドレナリンが駆け巡っている。
体がカッカッと熱くなるのを感じる。

脳みそがぐるぐる回りだす。
考えようとしていないのに、頭の中に勝手にいろんなアイデアが浮かんでくる。

まだなにも始まってもいないのに、3年後、5年後、そして10年後に成功している映像がはっきりとした映像で浮かんでくる。


この時、僕は気づいた。

ああ、これが世に言う「起業熱」なんだ、と。


成功した起業家の本を読むと、よく出てくる「起業熱」という言葉。
これまで、この言葉自体はもちろん知っていた。
だが、どんなものなのか実感として沸かなかった。

ただ、この時になって、「起業熱」というものがどんなものなのか、僕にははっきりとわかった。

これは楽しい。
そして、危険だ。


もう、起業した後のビジネスのことしか考えられなくなる。
そして、それ以外のことが全く目に耳に入らなくなる。

そう、僕は完全に「起業熱」に冒されていた。


こうして、僕の起業へのスイッチは押され、あとは前へと進むだけとなったはずだった。

しかし、「起業熱」に浮かれる中でも、僕には不安な要素がたった一つだけあった。


たった一つの不安要素。

それは、僕には人脈が全くない、ということだった。


■僕の気づき
「起業熱」というものは、特別な人がかかるわけではない。
どんな人でも、きっかけさえあれば、突然かかることもある。
ついに起業へのきっかけをつかんだ!


ジェイ・エイブラハムのセミナーへの申込やP生命保険の研修の受講と並行して、僕は起業するためのビジネスモデルの検討を進めていた。

以前にもブログに書いたことがあるが、僕は元々Sさんというビジネスパートナーと共同で会社を設立するつもりでいた。
しかも、僕は社長にはなるつもりは全くなく、Sさんに社長を任せるつもりでいた。

Sさんと僕は、休日に集まって朝から晩までどんなビジネスモデルにするかを議論していた。
しかしながら、「これだ!」というビジネスモデルになかなか行きつかなかった。

いろんなアイデアを出すのだが、どうも心が躍らない。

行き詰る日々が続いた末、僕とSさんはそもそもの原点に戻ることした。

何かというと、

「新しいビジネスをすることにより10年後にどんなことを達成していたいか?」

ということだった。

なんやかんやと議論している中で、僕が目指しているものがだんだんとはっきりしていった。

僕が目指していたのは、

「日本中を本当にいい会社でいっぱいにしたい。
 いい会社を軸として、どんどんと協業や再編進めることにより、強い産業や強い地方を創っていきたい」


ということだった。

何より大事なのは「いっぱい」、つまりは「多くの会社」という点だ。

コンサルタントやターンアラウンドマネージャーというのは、1社にかける労力がものすごく多い。
だから、自分自身がその仕事をしてしまうと支援できる会社の数はどうしても限られてしまう。
「多くの会社」を支援しようとするなら、コンサルタントやターンアラウンドマネージャーとは全く違う仕組みを創るしかない・・・

だが、そこに僕にとっての大きな葛藤があった。
何かというと、ターンアラウンドマネージャーになるという夢があったからだ。

経営不振になっている会社に単身乗り込み、立て直しをはかるという泥臭い仕事。
過去に実際に経験して、その仕事の魅力に魅せられていた僕は、ターンアラウンドマネージャーになることを諦めるということになかなか踏ん切りがつかなかった。


そういう気持ちで悶々としている頃に、ジェイ・エイブラハムの教えに出会い、P生命保険の営業組織の素晴らしさに出会ったのである。

そこで気付いたのは、「自分の強みに特化すること」、「他の人の力を最大限活用すること」、「組織や仕組みによって事業を広げること」の重要性だった。


そして、その日は突然やってきた。
自分の家でひとりで考えているときに、「これだ!」と思ったのだ。

僕の強みは、やっぱり「営業力」だ。
コンサルタントとしての能力が僕より上の人は山ほどいる。
けれども、営業だったら、自分でやってきた経験もある。実績もそこそこある。
コンサルタント時代には上場企業の営業マンに営業指導をしていたこともある。

そして、コンサルタント時代に僕より優秀なコンサルタントやユニークなサービスをしている会社をたくさん見てきた。
それらの「他の人の力」を借りれば、これまでよりももっと大きなことができる。

そして運がいいことに、僕は経営コンサルタント時代の大半をクライアント企業の「営業活動の標準化、組織化」というプロジェクトを担当してきていた。
だから営業の組織・仕組みを創ることだったら結構自信がある。

コンサルタントやターンアラウンドマネージャーになることを止めれば、もっと大きなことができる。
そう悟った時、僕の中でターンアラウンドマネージャーになりたい、という気持ちがすっとなくなっていった。

あれほどなりたかったターンアラウンドマネージャーになることを諦めたこと。
これが僕にとっての大きなターニングポイントだった。


◆僕の気づき
起業をするときは、将来達成したいことから逆算したほうがいい。
自分がやりたいこと、できることから発想すると、現状の延長線上からなかなか抜けられない。