今日サークルでは1年生を迎えて1回目の活動が始まった。チーフががんばっている。最近めっきり格好よくなったと思う。嫌いになった人もいれば、人柄にふれて益々好きになる人もいるものだ。

彼への思いいれが強いんだと思う。チーフになるという所信表明を聞いたとき、涙がでた。イタくて恥ずかしくて消えたくなるような1年から2年にかけての私を思い出しただけではなく、あのサークルに潰されないでがんばってほしいと心から願った。おもしろいことをたくさん言って人を笑わせているけれど、彼は実はそんなに根が明るい人間ではないのだろうと勝手に思っている。抱えてしまう傾向があると。だから、メールをしてしまう。立ち上げのときも、新キャンのページを作っているときも、何かをするときも。誰かが見ていてくれるということは、先頭にたって走らなければいけない人にとって支えになると思っているので。先頭にたつと道はこれであっているかどうか不安になるから。恩きせがましくするつもりはなく、ただそうして少しの気休めにもなれたらいいなと思う。そうさせるのだ。そうしたいと思うのだ。そんな大事な後輩。1年前、コンパの3次会で、目をキラキラさせて、サークルに入ると言った彼の目が曇らないように。私は1年間言い続けよう。気づかないことを。そして大丈夫だと。彼に限らず、大切な後輩のことは、今何を思っているのか気にしていられる人間でいたい。それが3年もいようと思った所以なのだから。

人のことをよく見ているし、周りが見えていると思う。且つ、突っ走ることもできるといういけめん。私もセキララに想いを言葉にできるようにしたいと思う。いいチームに入った。

好きになった人を嫌いになることはないと思っていた。今までもそうだった。でも、この1ヶ月半で急激に嫌いになった。奴は変わった。1年前の今頃、目をきらきらさせ、先輩に認めてもらいたい、任せてもらうことがうれしい、仲間だと思える人に出会えたと言っていた人間が、今は頭の回らない人間のことを軽蔑し、周囲の人間をコマだと思っている。人を何だと思っているんだ。確かに社会ではその方がうまくやっていけるのかもしれない。でもそれは仕事だからだ。

何なんだ。こんなに変わるのか。もともと自分をよく見せたい気持ちが強い人間だとは思っていたけれど、人をそのために使うのはどうかと思う。この1ヶ月半、サークルで何がしたかったんだ?どうしてあのサークルでしたいんだ。リーダーが周りの人間をコマだと思って、人がついてくるとでも、やってて楽しかったとでも思っているのか。1人でできたとでも思っているのか。

一番問題なのは、潰してしまえばいいことではなく、潰してしまえばいいなんて言っている人間のしたいことが、そもそもあのサークルでやることなのかどうかで、そういう人間が舵取りをしていることだと思う。私はコマだと思っているような人間のしたいことが、あのサークルですることではないと思うし、人を見下す人間と話をしたいとも、優しくありたいとも思わない。要は人の集まりなわけで、人がいなきゃできないのに、人を大事にできないってどういうことなんだ。サークルで人を大切にできなくて何が残るんだ?

いくら大きなことをしたって仕方がない。それよりも、小さくてもそこに携わる1人ひとりがよかったと思えるものの方が、よっぽど価値があるんじゃないだろうか。私が感情に重きをおく人間だということはよくわかっているけれど、やっぱりおかしいと思う。だから崩壊しちゃうんだよ。

前に私が好きだった奴が今みたいになってしまったことがとても残念だ。人間の変わりように愕然とする。私は昔の奴が大好きだったのだから。今の奴みたいになってしまう人間を好きだったことが信じられない。残念だし、ムカつく。ムカつくぞ。私がムカつくって相当だ。基本的にあまり人前で怒りをあらわにする人間ではない。ふつふつ。くそー。

淋しい。寂しい。サミシイ。

最近淋しい病にかかっている。ソーシャルネットワーキングを無性にかちかち見てしまう。

誰かとつながっていたくて。その誰かは誰でもよいのではなく、つながっていたいと願う人だから、私はいやな人間だと思う。でも、我慢しない。言ってしまおう。淋しい。

去年の今頃は淋しさに押しつぶされて、嘘をついて1週間学校に行った振りをして家に引きこもっていたことがある。今年はそうならないようにしたいけれど、どうもそうなりそうな予感がする。あー立て直れ自分。

昨日と今日は叔父の告別式だった。ガンだったから、皆覚悟はしていたけれど、家族の絆やかたち、そして夫と妻、労働と仕事、娘の夫の告別式に出る娘の両親。何かいろんな人の気持ちがぐちゃぐちゃ混ざり合って涙がでた。叔母は、叔父の頭が青空に消えてしまったことを悲しみ、自分の出来が悪いことを謝り、see youと伝えた。

そして、人恋しい私。今日は式の後、サークルのバイトの打ち上げ飲みに参加。本当は塾でフットサルとご飯もあったのだけど、会場が遠かったのと、何よりも人に会いたくて、行ってしまった。

私はきっとつながれないのだけれど、でも、つながれたらいいなと思う。

もうよくわからない。どうして返事をくれなかったのだろう。今までちゃんと返事をくれたのに。もう。もう。気持ちがコントロールできない。

好きなのか?


昨日はみどりの日でした。名前柄おめでとうございますと言ってもらえることが多く、何だか得をした気持ちになります。昨日は教習の卒検を受けて無事合格しました。教習所の期限が6日にせまっているという相当切羽詰まった状況でしたが、無事に終わって本当によかった。後は忘れないうちに学科試験を受けるだけ。免許が取れたらこまめに乗るようにしたいと思います。

そして安楽亭へ。安楽亭は飲み放題にビア大があるところがポイントで、私たちはほとんどそれが目的と言っても過言ではなかったと思う。私はお昼を抜いての参戦だったので回りが早かった。もっと飲めると思う、と言っていたらしい。記憶が薄い。ひどいことだ。とっても話をしたいメンバーだったけれどそんな状態でみんなふらふらしながら、同期のお家にお世話になる。初めていってけれど駅から歩けるのにロフトもついていて、とっても快適。私は記憶が薄くてよく覚えていないけれど、確かまた先輩の前で泣いてしまった。なぜかこの先輩の前だといつも、他の人には吐き出せないことが吐き出せてしまうから不思議だ。最近はこの人と一緒にいる飲み会ではいつも泣いているような気がする。3年になって、とても自由で楽しいけれど、想いをどう伝えればいいのか、どこまでやるのか、を悩むことが多い。機能は後輩に、「どうして気づいているのにもっと言ってくれないんですか。」と言われてしまった。お酒が抜けず、いまいちはっきりと何に対してのことを言っているのかが把握できなかったからきちんとしたことを返せなかったけれど。去年を1年間経験している私たちが、全てを言ってしまったら、うまくいくかもしれないけれどつまらないものになってしまう。私は自分の立場から自分がわかることでは言い過ぎているかもしれないと心配になるくらいに話をしていたけれど、そういうサークルの全貌に関することは話せていなかったのかもしれないなと思う。同期がサークルに対する想いを爆発させていて、極論を言っている部分も確かにあったけれど、でもとてもよくわかった。やっぱり、どんなことでもいいからあのサークルの中で自分がこだわれる部分を持って欲しいと思う。私なら庶務の手伝いと、チームが楽しく活動できるように実務的な面を支えるというところだけは、頑張ってきたつもりだし、負けないと言える。そういう意地みたいなものが2年生にも持って欲しいと思う。同期が中途半端という言葉をよく使っていたが、そういう部分が見えないというところでそうなのかもしれないなと思った。

去年の3年生も私たちをこんな想いで見ていたのだろうか。

今までもっともっと先輩と話をしておけばよかったなと思うし、やはり先輩の存在はすごく大きいのだと、今自分よりも上の代の人たちがいないことでとても感じた。もっと先輩と話がしたい。後輩と話がしたい。同期と話がしたい。

そういえば、その新キャンの打ち上げで足をつって、その違和感がいまもずっと足に残っている。というか元々は新歓合宿でサッカーを結構がんばってやったのが原因。筋肉痛がずっと取れずに今日まできたらつった、という感じかしら。


明日は安楽亭です。

飲んで記憶を失くしてしまいたい。素直に思ったことを言って、甘えてしまいたい。

私だって、そんな強くない。