昔、薬師寺に高田好胤という偉いお坊さんがいた。
私が中学生の頃、親戚の3つ年上の母親の従姉弟から
一冊の本を勧められ読んだ。
記憶では・ものの見方、考え方・としか覚えていない
のだが、高田好胤氏の著作であった事だけは確かに覚
えている。
この本の内容をしっかり覚えている訳では無いがその
後の私の考え方生き方に最も大きな影響を与えたのは
確かである。
以来高田好胤という名と薬師寺という名前だけは忘れ
た事は無いが、その後高田好胤氏の書物に触れた事も
無ければ薬師寺に行った(大阪在住にも拘らず) 事も無
い。
私は高田好胤氏の言う世の中の事を目や耳や頭で判断
する時に於いては色んな角度、様々な方向から見て考
える事が必要で物事の答えは決してひとつでは無い事
を心に刻まなくてはならないという教えを聞く事が出
来た事だけで充分だと思ったのである。
世の中の世界中の人々がもっと人間を知り、人間につ
いての理解を深めれば世界はこんなに混迷を続けなく
ても良いのにと思う私である。
動物の本質を突き詰めれば雄の本能として自らの種を
残す為にはより多くの雌に種付してより強い 種(しゅ)
を残そうとするのが真実であり、雌は本当に生命力の
ある強い雄を求めて種を求めるのが真実である。
人間は他の哺乳類には無い高い知能を持つ為に社会を
構成し幸か不幸か互いの本能を抑制する事で社会の平
穏を保とうとして宗教や法律によって人間に対して強
い手枷足枷を付けたのである。
聖職者と言われる人々により好色な人間が多いのは周
知の事実であるが、何故なら彼等は人間を指導統制す
る立場にあり、ある意味生命力の強い側の人間である
からである。
最近は日本では幾人もの女性を一度に相手にする男性
や妻子ある男性に言い寄る女性を叩きたがる傾向があ
るようだが、日本に於いては姦通罪が廃止された以上
その事に関して鬼の首でも取ったかの様に騒ぎ立て社
会的にリンチを加えようというのはそれこそが違法行
為だと言わざるを得ない。
私は寧ろ生命力、生活力の無い人間でこん事には無縁
な人間なので如何でも良いのだが権力者が権力乱用に
よって人権侵害行為を働かない限り問題にする必要は
無いと思っている。
何にしても人間とは儚いものである人間に多くを求め
るのは間違いなのかも知れない。