「日本はその昔、歴史にのこる未曾有のことをやってのけた。
ほぼ四百年ほど前に日本は、火器に対する探求と開発を中
途でやめ、徳川時代という世界の他の主要国がかつて経験
したことのない長期にわたる平和な時代を築き上げた。わた
しの知るかぎり、その経緯はテクノロジーの歴史において特
異な地位を占めている。人類はいま核兵器をコントロールし
ようと努力している。日本の示した歴史的実験は、これを励
みとして全世界が見習うべき模範たるものである」
そう書いたのは、アメリカ人のノエル・ペリンである。
ペリンは、青年時代に朝鮮戦争に従軍した。米軍(国連軍)
が中国国境まで進撃したように、その数世紀前に日本軍が
当時の最先端の武器=火器を使用して中国国境にまで進軍
していた事実を知った。それは「二本差しのサムライ」というア
メリカ人のもつ固定観念を打ち砕き、なぜサムライが鉄砲を使
わなくなったのか、という疑念を生んだ。
それからほぼ三十年後に彼がまとめあげた小著が「鉄砲を
捨てた日本人-日本史に学ぶ軍縮」(中公文庫)である。原著
は発行当初より多大な反響を呼んだ。ところが、日本の鉄砲史
の専門家の反応は冷たく、若干の事実誤認を指摘してニベもな
く切って捨てるという態度に出た。教科書の記述は相変わらず、
旧来のままである。
或るサイトにこんな記事があります。
皆さんはどのように思われるでしょうか・・・???
世界的にも、江戸400年の太平の世は、奇跡として
捉えられております。
自らの歴史の価値を評価出来ない日本人であります。
昔、野蛮な世界を渡り歩いて来た外国人にとって日本
は、相当天国に近い国に映ったようです。
確かに隣国に脅威を受けない条件もあったでしょうが、
基本的には、日本人の持つ感性がそうさせたのでは
ないでしょうか・・・???
今一度じっくり考えてみる必要があるのではないでし
ょうか・・・。
今、銀行のATMで携帯電話を忘れた弊社の事務員
さんから電話が掛かって来ました。
誰かが忘れ物として届けてくれていたそうです。
日本もまだまだ捨てたものでは無いようです。