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珈琲 たいむす

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珈琲たいむすへ ようこそ

この世紀末の雰囲気、もう笑うしかない。

この、無法者めがぁぁ〜!!!

 
 
 
こんばんわ、宗教法人 赦すの会 代表  許太郎です。
 
 
 
私は、教えを伝え歩いております。
 
北は埼玉、南は神奈川まで広く活動をさせて頂いております。
 
 
 
それだけ、広く布教活動をしていますと、色々な方々に出逢えるんですね。
 
 
 
たくさんの人に出逢えることは、わたしにとって宝であります。
 
 
人は宝トミー。 
 
私の格言でもあります。
 
 
 
 
人という字は……え、その話はいいって?
 
わかりました。
 
 
 
 
 
まぁ、
 
先日も、公演をしに行った時のことです。
 
「先生は教典の中にある、赦すを実行できていない。サッカーボールが脛に当たったくらいで(※第1章参照)、子どもを蹴り上げるなんて、ただの暴力者です」
 
 
とまだ入会していない男の方に意見をされたことがありました。  
 
 
会員であれば、とても許されないことです。 だって、私代表ですよ。その代表に向かって、意見をするなんてね、ホントマジ考えられねーよ。囲んでフクロにしてやりてーよ…と
 
 
会員からは言われると思うんですよ。
 
私はね、もちろん達観した考えを持っている人格者ですから許しますよ。
「私はいいんだけどね…会員がなんてなんて言うかな?」
というね……。
 
 
 
で、結論から言うと
人格者である私は許しました。
 
 
 
 
しかし、
 
その彼のことを、思って渾身の力で、頬に平手打ちをしました。
 
 
 
許太郎また暴力かよ……
 
とお思いの方もいらっしゃると思いますが、それは浅いです。
 
浅いっ!
 
上田も亀梨も みんな浅いっ!
 
 
 
 
私が怒って平手打ちをしたとお思いなのでしょう?
 
 
そう思うのは結構なことですが、それはあまりにも浅はかなことです。
 
 
いいですか、私は人格者です。そのくらいのことで怒ったりはしません。
 
 
 
子どものサッカーボールが当たったことも、そうなのですが、
 
 
 
なんかモヤっとするのです。
 
「俺になにしてくれてんだよ…」というモヤっですね。
 
 
だから、平手打ちをしたのです。
 
 
ここで注意してもらいたいのは、俺は私ではない…ということです。
 
 
 
俺というのは、私の中の阿含なのであります。  私という人格に寄生している阿含という悲しき悪なのであります。
 
 
この阿含は、怒りを放出すると浄化し、消えるという性質があります。ph6.5程度で若干酸性よりです。
 
 
 
ですので、この阿含が暴走しないように、私が代理人として、平手打ちをしたわけであります。
 
 
 
(※この代理人は、怒りの取り下げの権限を有するものと推定される
  阿含執行代理人法145条2項1号)
 
 
 
どうですか?私は、あのバカを懲らしめようと思って……あ、間違った、あの男性のためを、思って、致し方なく力を解放したのです。
 
 
 
ですから、平手を打ったあと、私は彼に言いました。
 
 
「阿含は、もう一発やりてーつってんぞ?」とね。
 
 
まぁ、そのあと、2.3発力を解放することになったのですが、
 
 
 
そのあと男性は、即日入会されました。
 
なにか導かれるものがあったように思います。
 
 
今では、お布施を毎月みずほ銀行に振り込んでくれる熱心な会員さんです。
 
 
 
さぁ、次はあなたの番です。
 
そろそろ、次の扉を拓いてみませんか?
 
 
拓け、羽ばたけ!そして翔べ!
 
 
ご静聴ありがとうございました。
 
 
 
                      赦すの会 代表  許 太郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最近許せるようになってきた



裏切り、だまし討ち、こけおどし……
許せない、絶対に許せない。。。


そう思ってきた。


その恨み辛みは、一生消えるものではない。絶対に許せるはずがない!


そう思っていた。



しかし、最近、なぜだか許せる様になってきた。

少しだけ年を重ねたせいだろうか、

あるいは、経験がそうさせるのだろうか


頭ごなしに否定してきたものたちが、

私の体にスーッと溶け込んでいくのである。




 酢豚のパイナップル


スイカの塩


カレーに醤油……



お好み焼きでご飯を食べる?

やれるもんなら、やってみろよ!


プリンに醤油でウニだと?

メルヘン気取ってんじゃねーぞ!



そう思っていた私が、「そういうのも、あるよね」と思いはじめたのだ。



そう、気付いたのかも知れない。

生物の多様性、個性ということに。



たとえば、苦瓜の嫌な部分「苦い」を否定して苦瓜を受け入れない 

というのが従前のスタンスならば


今は苦瓜の「苦い」も個性と思えるようになったのだ。



もっと発展するならば、苦瓜の健康にいいというよい個性に着目するようになれば、その「苦い」という欠点にも目を瞑れるものだ。(長短 ハ長調の原則)




昨日、カレーに醤油を垂らしながら、我ながらの達観ぶりに感心したものである。



その後洗面台に向かい、鏡に向かって、ニコッと笑った。


今日もいけてるぞ、俺。



気持ち悪いナルシストもいい加減にしろっ!  


と今までの私であれば、自己を戒めるものだが、


今は、スッと受け入れられる。


その気持ち悪い私もまた、個性なのである。



自我の目覚めを探求するモラトリアム期を脱し、確立した自我を生きる間に「気づき」をかんじる


気づけば、何者でもない自分に気づく。であれば、「スイカに塩」を否定する自分もいないのである。


その無我の境地に達した私は、許すから赦すという雄大な大地になったのだ。



「さぁ、何人もわたしに来なさい。
私は、あなたを赦しますよ! あははは」



とても、朗らかに道を歩いていると

少年の蹴ったボールが私の脛を突いた。



「おらぁ!この、クソがきゃ〜!何晒すんじゃ、ボケカスがぁぁ!!」
わたしは、修羅の様な形相で一喝した。


わたしは、怯える少年を天高く蹴り上げ、
ニコッと笑った。


「大丈夫、私は赦しますよ。あなたを赦します。」



この様に、何人の行為も罰するのではなく、受け入れ赦すというサイクルを意識することによって



満たされた社会に至るのです。
さぁ、次は、あなたの番です。



そして、

まわりに赦せずに苦しんでいる方がいたら、教えてあげましょう。

赦せずにいる者もまた。迷える子羊なのです。

あなたの、お父さんが赦せずにいる子羊ならば、


年二回の肺炎結核菌の検診CMのやうに、「次はお父さんの番よ」と肩を叩いて教えてあげましょう




さあ、今こそ扉を拓くのです!

そして、唱えるのです!

スイカに塩、酢豚にパイナップル、カレーに醤油!


そうすることで、あなたの美蕾(未来)も、変わることでしょう。



ご静聴ありがとうございました。



                恩赦の会代表      許 太郎




まさか、よもやの結果。

 
第45代アメリカ大統領にドナルドトランプが選ばれた。
 
 
衝撃だ、衝撃すぎる。。
 
 
寒さのせいか、ドナルドトランプのせいか、胸がキューっとなる。
 
 
 
これは、心臓に悪い。
 
 
 
 
未知のトランプ政治が怖いし、
ポピュリズムでダンスをするアメリカの民衆も怖い。。
 
 
これからは、トランプのババ抜き政治が始まるのだろうか
 
ブレーンが気になるところです