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珈琲 たいむす

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珈琲たいむすへ ようこそ

この世紀末の雰囲気、もう笑うしかない。


通った後は、チリ一つ残らない。
ポケモンスイーパーの異名を持つ私が、
いつもの様にポッポやラッタ……そしてズバットを捕獲していると

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バグったかと思ったら、めたもんが実装されていたのですね。


ハロウィンの時もゴースしかでないから、バグったかと思って再起動しまくっちゃいましたが、


あやうく、めたもんを逃すとこでした

そんなにレアでもないのかな?
どんな場面でもその場を和ませる魔法の合言葉 「うんこ」。


下ネタなのに、汚くない

むしろ綺麗だ。



いや、綺麗ではないが、「うんこ」を使えば場が和むのは確かなんだ



それどころか、「うんこ」の副産物であるメタンガスを拡充させると


「あ、おまえ、おならしったろーw」


とほっこりするものである。

(たまに本気で怒り出す人がいるけど。)




でも、でもね、

乱用はだめなんだ。




塩でも醤油でもソースでも、摂りすぎは体に良くないだろ?

体に悪い。



それと同じで「うんこ」を摂りすぎると

体に悪い。。。  というか摂っちゃダメだ





「うんこ」と言う言葉を遣い過ぎれば

みんな「うんこ」まみれになって呼吸困難で窒息死さ




まさに、「汚れちまった悲しみに…」だよ




だから、僕はなるべく、なるだけ、

「うんこ」は遣わない。




だけど、こないだ友達の子どもに会った時に

その掟をさも   当たり前のように破り棄ててしまったんだ



「うんこ、うんこ、ウンコォ〜!!!」と言いながら、その子を追い回すと



「汚ったねーww」と言いながら

嬉しそうに逃げ回るんだ



いけないよね。例え、子どもを喜ばせるためだとしても



大の大人が、大のうんこを連呼して走り回っては…いけないよね。



軽率だった、謝るよ、ゴメン。。





でも、でもね、

もう一回だけ言っていいかな?



うんこ……   




はは…ははは、笑った、笑ったね。


やっぱり
僕はそんな「うんこ」で笑う君がすきなんだ




だから、決めたよ。

例え、世間に背いても、君のために
「うんこ」と言い続ける。


君のためなら、僕は悪にでもうんこにでもなる!



では、聴いてください

「空と君とのあいだには」の替え歌で

「便器とケツとのあいだには」です。

 

 

 

みなさん、赦してますか!?赦されてますか!?
 
 
 
こんばんわ、恩赦の会 代表  許太郎です。
 
 
今日は、赦される ということ  についてお話させて頂きます。
 
 
 
みなさんは、主体が自分であるから、
 
どうしても赦すことに意識を集中してしまいがちです。
 
 
 
いいんです、まずは、それで良いのです。
 
しかし、ある程度この知恵の座学に参加されている方は、
 
 
今度は赦される ということにチャレンジしてみましょう。
 
 
 
人は、相手に赦されるほど、人を赦したくなるのです。
 
 
赦す→赦される…このサイクルが機能することは、社会を満ち足りた生産性の高いものに昇華させることになります。
 
 
 
ですから、赦したら次は、ぜひ赦されてみてください。
 
 
 
 
私が赦された時のお話をさせてください。
 
 
私が。赦しの旅をしている時のことなのですが
 
 
駅前で、少し気の弱そうな学生と肩がぶつかった時のことです。
 
 
私は、学生が謝るのかな? と思い顔を見上げると、
「チっ」と舌打ちをされました。
 
 
 
私は、「チッ」と言われたので「ア?」と言い返しました。
 
 
 
一見すると、すぐに怒りを態度に出してしまうダメな大人にように思えます。
 
 
しかし、この「チッ」「ア?」は、赦しのリズムと言われるものなのです。
 
 
 
この短い反応と反応は、相互に呼応するように出来ていて、阿吽の怒りの解放(※第2章参照)の流れを作ってくれるのです。
 
 
この流れは、「ア?チッチッア?チッ、ゴールドブロンズ像の法則」と言います。
 
 
 
郷ひろみさんのゴールドヒィンガーも、この法則をcoverしたものなんですよ。知ってましたか?
 
 
 
 
このアチチアチの法則で、学生さんを引き止めると、私はフルパワーで右の拳を振り上げ。学生さんの顔面を殴打しました。
 
 
 
ここで力の解放を中途半端にすることは、阿木のパワーを停滞させることになるので、いけません。
 
 
 
すると、学生さんは「すいませんでした」と頭を下げてきました。
 
 
 
これも、阿木の力を解放したお陰です。
 
力の解放によって、学生は赦されたのです。
 
 
 
学生さんが赦された=私が赦した
 
 
ということになりますね。
 
 
 
 
おいおい、お前が赦されなきゃダメだろ、許太郎またハッタリか?
 
 
と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは違います。
 
 
 
赦す、赦されるは、表裏一体なのです。
 
 
赦す=赦されるなのです。
 
 
 
ですから、私が赦したのであれば、相手が赦される……すなわち、私も赦されたということになるんですね。
 
 
 
赦しは円のごとく、回っているのです。
 
惑星に冠る、輪っかのようなものです。
 
 
 
ですから、私はこれからも、
 
 
バカが逆らってきたら…あ、間違った、
 
救いを求める者がいたら、阿木のパワーを解放させ、その者を救っていきたいと思うのです。
 
 
 
私の使命は、荘厳な滝の流れの如く。
 
 
さあ、次はあなたの番です。
 
 
 
拓け、瞬け、瞬く間に!
 
 
ご静聴ありがとうございました。
 
 
               恩赦の会  代表  許太郎