確定申告が、ようやく終わり、ふっと気が抜けて、今日はぽっかり予定が空いた一日になりました。
さて、何をしようか。
出かけるのもいいけど、最近急にガソリン代が高くなったし、天気予報を見ると花粉は「非常に多い」とか書いてあって、なんだか外出する気も削がれる。
こういう日は、家でのんびりするのが一番かもしれない。
ということで、Amazon Primeで映画を見ることにしました。
観たのは、ターミネーターシリーズの『ニューフェイト』。
どうやら『ターミネーター1』『ターミネーター2』の続きという位置付けらしいです。
(3や4もあるのですが、どうも世界線が違う設定らしい…)
それと、もう一本は『ブレードランナー2049』。
どちらも共通しているのは、「AIやロボットが高度に発達した世界」を描いていることです。
最近は、生成AIや自動運転など、かつてSFだったものがどんどん現実になってきていますよね。
だからこそ、こういう映画を見ると
「もしこのままAIやロボット技術が進んでいったら、世界はどうなるんだろう?」
なんてことを考えてしまいます。
ただ、この2つの映画、同じAIの話でも見ている方向はかなり違います。
ターミネーターは、AIが人類に反逆し、人間と機械が戦う世界。
いわば「AIの暴走」の物語です。
一方、ブレードランナーは少し違います。
AIや人工生命体が、「自分たちは何者なのか」を問い始める物語。
つまり、人間とAIの境界がだんだん曖昧になっていく世界です。
実際のAIの進歩を見ていると、ロボットが人類に襲いかかるというより、
むしろ人間とAIが同じ社会の中で共存していく未来の方が、現実に近いのかもしれません。
とはいえ、最近ニュースで見る二足歩行ロボットの進歩などを見ると、
「いつかロボットに追いかけられる日が来るのでは…?」
なんて、ちょっと不安になるのも正直なところですが。
人間は昔から、新しい技術が登場するたびに不安を感じてきました。
蒸気機関、電気、自動車、原子力、そしてコンピュータ。
そのたびに「これ大丈夫なのか?」という声が必ず出てきます。
SF映画というのは、未来を予言しているというより、
そうした人間の不安を物語の形にしたものなのかもしれません。
でも、よく考えると本当に怖いのは、AIそのものというより、
それをどう使うかという「人間の側」なのかもしれません。
AIの時代が近づくほど、
逆に「人間とは何か」「人間らしさとは何か」を考える機会が増えていくのかもしれませんね。
そんなことをぼんやり考えながら、久しぶりにSFの世界に浸った一日でした。