華城市 朝鮮第22代 正祖と王妃陵 ~ 隆陵と健陵 ~
20241225
健陵
朝鮮王朝第22代王·正祖と孝懿王后の陵 正祖(1752~1800、 在位1776~1800)は追尊·荘祖の第2王子で 1776年に 第21代王·英祖が崩御すると王に即位した。 即位とともに「余は思悼王子の息子 である」と表明し、父の霊を弔うため努力した。 文武両道を実践し、 「奎章閣」を 設置し学問研究に力を注ぐ一方、 軍隊組織「壮勇営」を設置し水原華城を築く など、 朝鮮の繁栄をもたらした。 また、 英祖の「蕩平策(各派にたる公平な人材 登用策)」を受け継ぎ、 朋党政治の弊害対策に取り組んだ。 孝懿王后(1753~1821)は、 左参賛清原府院君·金時黙の娘で、 1762年(英祖 38年)に世孫嬪となった。 正祖の母·恵慶宮洪氏に尽くし、英祖の寵愛を受けた。 1776年、 正祖の即位にともない王妃に冊封された。 * *
