朝鮮時代 18代 顯宗 1671年 ~幢竿 全羅北道扶安郡扶安邑西外里~ | みょんじゃさんのブログ

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この年は辛亥(しんがい)の年にあたり、飢饉や疫病が蔓延し、多くの死者が出るなど非常に困難な状況でした。前年に続いて礼論(礼訟)の火種が残る中、国内の安定に注力した時期です。 

この年の前後は「庚辛大飢饉」と呼ばれる大飢饉の最中であり、南部地方を中心に飢えと疫病で多くの死亡者が出ました。朝廷は救済策に追われました。

 

 

 

 

 

 

서외리 당간 西外里幢竿 西外里(ンウェリ)幢竿 Stone Flagpole of Seooe-ri 전라북도 유형문화재 제 59호 전라북도 부안군 부안읍 서외리 이 당간은 조선 현종 12년 671 에 세운 것으로 몇 토막의 돌기둥을 연결시킨 특이한 형태 이며, 지주의 높이는 8m이다. 당간이란 원래 절에서 사용하는 것이지만, 여기에 서 있는 것은 서외리 마을의 액운과 재난을 물리치기 위해 제사를 지낼 때 기를 매달던 짐대다. 당간이 본래의 목적과는 달리 풍수지리설과 결합되어 이용된 예이다. 간주에는 두 쌍의 거북모양을, 대 위에는 용이 간주를 감고 오르는 모습을 조각하였는데, 이러한 모습은 다른 당간에서는 찾아보기 힘든 예이다. Seooe-ri, Buan-eup, Buan-gun, Jeollabuk-do Erected in 1671, this flagpole stands eight meters tall and features a unique structure consisting of number of tubular stones. Flagpoles of this type were originally used at Buddhist temples, but this particular pole was used to hoist a flag whenever a ritual was held to repel evil forces and avert disasters from the village of Seooe-ri. The flagpole is now known to be related with the Pungsu (or Feng Shui) tradition rather than Buddhist belief and is unique in that it is decorated with carvings of two pairs of tortoises and a dragon coiled around 全罗北道扶安郡扶安邑西外里 西外里幢竿建于朝鲜显宗12年(1671年), 其结构特点是由几节石柱连接而成, 支柱高8米。 幢竿原 先是寺庙里使用的东西, 立在这里是为了消除西外里村的厄运和灾难, 祭祀时被用作挂旗子的桅杆。 这算是幢竿不同于最初的使用目的, 与风水地理学相结合的一个案例。 竿柱上有一对乌龟模样雕塑, 柱子上刻有缠绕上行之盘龙, 是其它幢竿上难得一见的造型。 

 

全羅北道扶安郡扶安邑西外里 この幢竿は、朝鮮時代の宗12年(1671)に建てられたもので、何本かの石製の柱をつないだ独特な形 をしている。支柱の高さ8mである。幢竿とは本来は寺院で使われたものであるが、ここの幢竿は西外 里の厄払いのために緊を行う際、旗を掛けていものである。幢竿の本来目的とは異なり、風水説 と融合して利用された例といえる。間柱には二対の亀を、台の上には龍が間にとぐろを巻いて上に上 る彫刻が施されているが、このような形は、幢竿としては非常に珍しい例である。 문화재 보호와 쾌적한 환경을 위하여 금연을 실시하고 있습니다.

 

 

第2次礼訟(庚戌礼訟・辛亥礼訟)

 1674年に本格化する第二次礼訟(「服喪」期間をめぐる西人と南人の対立)の直前であり、政治的な緊張感が高まっていた時期です。

 

顕宗は1659年から1674年まで在位し、北伐計画の継承や、礼論に悩まされながらも王権の安定に努めた時代でした。