ソウルの東国大学はソウルの南山タワーの近く。
キャンパス内にはあらゆる歴史に触れることができる。
まずは李儁(イジュン)について。
李儁は1907年にオランダ・ハーグで開催された第2回万国平和会議に大韓帝国初代皇帝の高宗が送った3人の密使の1人。
密使は乙巳条約(第2次日韓協約)が無効であることを列国に訴えようとしたが、外交権を失っているという理由で受け入れられなかった。
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東國大学入ってすぐの右へ。お庭に入るとすぐに見えてくる。
国家報勲部指定の顕忠施設「イルソン·イ·ジュン烈士銅像」
The Statue of Lee Jun、Martyr所在地Location管理番号Control No. 10-1-7管理者Administrator南山公園管理事業所ソウル特別市中区奨忠洞2街197番地
イ·ジュンは、1859年1月21日(旧暦1858年12月28日)咸鏡南道北清郡束後面中山里で生まれた。
独立協会に加入して1898年11月の万民共同会で街頭演説をするなど積極的に活動し、
1904年に大韓保安会を組織して日本の荒れ地開墾権獲得を阻止する運動を展開し、一進会に対抗して共進会を組織し親日的な大臣たちを糾弾するなど愛国啓蒙運動に努めた。
1907年、光武皇帝からオランダ·ハーグで開催される万国平和会議に出席するよう密令を受け、李相雪(イ·サンソル)、李종宗(イ·ウィジョン)とともにハーグに到着し、皇帝の親書を渡したが、日帝の妨害で会議に出席できなくなると、日帝の韓国侵略を暴露糾弾し、乙巳條約が無効であることを宣言する公告辞(控告詞)を公開し、世界のマスコミに世論を喚起させた。
しかし、各国のマスコミが協力的であるのに比べ、列強が冷淡な反応を見せると、これに憤慨した烈士は痛嘆し、義憤に耐えられず切腹自決することで、世界万邦に対する独立の精神を強烈に植え付けた。
政府では故人の功勲を称えて
1962年に建国勲章大韓民国章を追叙し、
1963年烈士の遺骸をソウルに奉還し、水踰里愛国先烈墓地に埋葬した。








